人気の記事一覧

【SNS分析①】レンタルなんもしない人さんから見る、「もっと愛想良くすれば仕事が増えるのに」と言われるような、人間性と仕事の分離パラドックス。

なぜ いじりやいじめや笑いが起きるのかというと、そんなことで怒ったり泣いたり笑ったりするような 相手のことをいじると 面白いし 可愛いから というのもあるかもしれないし 逆に こんな奴 憎たらしくて 大嫌いだから 感情を揺さぶってやりたい とかもありそうな気もする。

これっていうのは、これです。横浜 みなとみらい ロープウェイ。そしてさっきの書き込みは、過去のレンタルなんもしない人さんならつぶやいてもおかしくないかもしれない。もし表現の自由を規制したら、つまらなくなってしまうかもしれないんですよ。 https://www.welcome.city.yokohama.jp/topics/tp_detail.php?tpid=T03547

笑点に出てほしい依頼があったら こういう依頼があったらどうだろうか?「笑点に出てほしい」「ごく簡単な受け答えをしてほしい。たとえば 師匠たちから ひねりの利いた大喜利回答への感想を聞かれたら その度に『それはめちゃくちゃわけわからなくて面白いですね』と発言してほしい」

めんたね界隈の言い回しを連想しながら書くと「依頼者が ほんとうに実在しようとしまいと、ぼくにとってはどうでも良いことなのだよw」とか「依頼者は存在しないんじゃないかw どうせ存在しないに決まっているだろうw」と指差しあざわらう立場からいうかもしれない。どこかの群衆やアンチが(?)

めんたね界隈記事「謝らないで済ます罪相殺システムの恐怖」これすなわち、めんたねじゃじゃまるレンタルなんもしない人たちの大喜利界隈は「 #意識的な無意識の事実誤認 を 意識的に故意に しちゃうことがありまぁす!」なのでは?「無意識のふりという悪意に基づく責任転嫁も してませぇん!」

めんたね、じゃじゃまる「ぼくはあらかじめ聞いて知ってるけど」は、レンタルなんもしない人さんのことだと思う。棒グラフもそう。つながっている。 めんたね発言?「黒猫さんのことは最初 ナチュラル失礼 ズカズカ ズケズケASDおじさんかと思った!」 つまりそれ たぶんきっと、自己紹介。

じぶんがもともと持っている以上のものを望んだかどうか?もてる以上のものごと 持てる以上のものごと

持てる以上のものごと もてる以上のものごと を望んだかどうか? その罪があるかどうか? もてるを、持っていたかどうか? でも周囲から洗脳や 否定されていたかもしれないし どうだかわからん。

となれば、もうずいぶん遠い昔の話に戻ってしまいそうだけど、レンタルなんもしない人さんは 無償で活動していたということなの?になりそう。ドラマを制作してもらい、エキストラ役をやらせてもらう。その代わり無償でギャラ出ないけどいい?いいよね? みたいな口約束契約でもあったんじゃないの?

「そんなひとにも 生存権があるのなら、こんな自分にも 生存権よこせ!」

この話、実際にあったとしてもおかしくないとしたら、レンタル話し相手さんのことではなく、レンタルなんもしない人さんのことじゃないかと思う。この場合の めんたね界隈=ドラマ制作関係者側 とかマスコミのコネクション関係者 みたいにも思える。 https://note.com/nen_no_tame/n/n626cf67c84e1

つまり「元々は健康で幸せで夫婦円満で面白いドラマを持っていたかもしれない人物が」「なにか面白いドラマよこせよ!」なのだということを 諏訪ちゃんさん?はうまく神さまの話で説明したのかも「元々は健康で面白いし幸せ」が主旨ですが、文脈の最後につっかかってくることのあるのが 神さまです。

めんたね、じゃじゃまる 本日の発言内容にある「ぼくは本人(レンタル話し相手)から 本人にとっての嫌ポイントをあらかじめ聞いてるからわかってるけど(普通の人は説明しないとわかってもらえないよ)」とでもいうような発言は、レンタルなんもしない人のことだと思う。なすりつけて叩いています。

価値観を転換するとそうなるわけだけれども、でも望まない人をジェットコースターやお化け屋敷に無理やり乗せたり参加や入場させたりしたら、それは本当にレイプまがいと同じと思うんですね。そういうの巻き込まれたいワーキャー怖ぁい!(口先は怖い、でも喜んでいる)望む人にのみするべきなのでは?

これもね、ひとによってはこういう価値観があってもおかしくない「安全性は大丈夫かなんて心配や指摘なんかするほうこそが頭おかしい。むしろこんなつまらない平和な日常を壊すために、強風や地震や天災で ロープがぷつっと切れて落ちたり浮かんだり空中密室にされたほうがよほど楽しいんじゃないか」

「いい商売や人付き合いや学校?など?とは?」そのままで受け入れる、素のままでは受けいれないをジャッジすべきか。人を選ぶのか?なにかの条件で基準をクリアした人たちのみ許可するか?それともほんとうに「だれでもOK」にするのか?基本は誰でもOKよほどひどくなければとか?パパキャパシティ

作品に対する批判や評価をする、批判的評価をするときって【よっぽどのことがない限り】作者や著者、演者や編集者などの「特定の個人のことを」「名指しで」「指摘や批判や」「人格についてまであれこれ言われる」「言う」必要ないと思う。人格攻撃や否定や悪口蔑視発言ってふつうの大人そもそもしない

ちゃんと見てくれていれば、悪魔の都合で一度はだれかの代わりに◯されたとしても、そのうち前よりいい状態で生き返らせてくれると思う。あれだ!金の斧と銀の斧。

レンタルなんもしない人さんの話だとして、これがもしレンタル話し相手さんの場合だとなんだかおかしいな 理不尽だな もやっとするな と思うとしたらその理由や違いは、自身のドラマを制作しろ!って前者なら要求していてもおかしくなさそうなところ https://note.com/nen_no_tame/n/na554b840e7ee

めんたね界隈という団体は、こんなレシピに成功したと思う「素材ドロドロカレー。だけどごろごろカレーなのだよ」どういうこと?「腐ったレン話じゃがいもを使ったから レン話が食べて おなかごろごろげろげろなのだよw」「レン話ではないw われわれこそがメシウマになれる カレーなのだよw 」

これもそうだよ! もし天才構成作家さんや ライターさん ドラマ制作関係者さんたちがいたとしたら、神のレシピを持っているんじゃないの? ひとつのドラマであっても、純愛と見せかけたり ミステリーやホラー 昼メロと見せかけたり両立もできる。 https://note.com/nen_no_tame/n/na554b840e7ee

ここに煉獄さんが登場したら、なんでも「うまい!うまい!」って言って食べることができてしまいそう。 #皮肉入りかもしれない肉じゃがドロドロチーズケーキカレーライスラーメン を。 どんな食べ物なんだろう それ。たんじろうさんは、皮肉ではなく 素でそういうの作ってあげられちゃいそう

サクラコガネムシ「師匠」さんによる「レン話師匠の批評視点」の批評視点は、すり替えがあると思う。「世界平和」と「世界を良くする」 「レンタルなんもしない人という考え方やそのドラマ」「その価値観は必要だし世界を良くするが」「演者の価値観は良くないし必要ないし悪かもしれないのでは」

こうかなぁ。めんたねさん、レンタル話し相手さん、あるいはだれか「おれの苦悩を今すぐ解消しろ!さもなくばお前なんかが持っていて俺がもてないの、ひかえめにいってもめちゃくちゃおかしすぎる理不尽じゃないか」「だからお前をこうげきしていい!」「フェアであるためには不幸にならねばならない」

なにかが おかしくないだろうか? どこがもやっとするのか いまいちわからない。指摘できるとしたら、じゃがいもという素材なの?食わせる相手なの?どちらなの?立場があいまい? #レンタル話し相手界隈考察 #レンタルなんもしない人考察 #めんたね界隈肉じゃがカレー問題考察

会社に依存してはいけない 家にも依存しすぎてはいけない 役に立ってこそ価値がある そこは営業活動の場なのか? それとも養われたいがための 居場所なのか?客か経営者か?

まさか【お前は頭がまともでない。ジョーカーのような狂人か道化。いつか近いうちに犯罪を起こす 起こせ!】と ニシキリギリスたちから煽られたときに まさか「う〜ん?それ満更でもないぞ!もっと煽って褒めてくれてもいいのに💡」の人物いたの? https://note.com/nen_no_tame/n/n0f039badb534

#レン話師匠叩き界隈考察 #めんたね界隈カレー考察 #レンタル話し相手界隈考察 をしていたはずなのに そうするとやはりなぜか #レンタルなんもしない人考察 に なってきて、つまりじゃあ ドラマのエキストラ役ギャラなしで無償だけどいい?くらいの口約束程度だったのかなぁ(想像や憶測)

そのような問題があるように見えてしまうだなんて、あなたにこそ その問題や そういう欲求や過去があるからこそ 登場人物や相談者がそういう人物であるかのように 見えちゃうんじゃないですかぁ(笑)に もってかれそうな感じがする。(◯ , ◯)(× , × )総じて ( ◯ or × )

「世界平和のためには、結果としての不平等をなくすためにも、金持ちの自分やなにかを持っている自分がそれらをもっと望み、求め集めて独占しようとするのではなく、みずから苦しみに飛び込んでいかなければならない。自分はあの人たちのためにも不幸になることが必要だ。そうでなければアンフェアだ」

もてる以上のものごとを祈ってもないし呪ってもなさそうに見えたレンタル話し相手さんこそが、レンタルなんもしない人界隈またはめんたね界隈やタリバン勢力から消されてしまったほうが腑に落ちない。悪魔のせいでそうなったけど、祈れば神様が生き返らせてくれるはず。今こそクラファン、する気はない

「じぶんは恵まれすぎているので、フェアであるためには周囲に合わせて不幸にならねばならない」「そうして自分がみずから苦しみや不幸に飛び込んでいってこそフェアなのだ。相手にとってのアンフェアの解消のためには、不幸や苦悩を作り出してでも同じ目に遭うことが必要なのだ。」不幸な人はいるか?

依頼のキャンセルが生じました = ぼくにとっては 不要で不快な対話を 直前の依頼者からされたんです。だから ぼくこそが 依頼を早めにキャンセルして切り上げたんです。 たぶんこうでは? 新宿御苑でお茶してほしいの依頼者から、サイン入りの本を見せられた。違うだろうか?ビンゴするかな

「ぼくたちは 床の汚れをふまされた 被害者なんです!この人が、ぼくのことを招いてまで 汚れを ふませてきたんですよ!だからこの人こそがすべて悪い!ぼくはなんにも、悪くない!白い靴下を 黒やグレーに染められた被害者は、ぼくです!被害者は、ぼくなんです!」

めんたね、じゃじゃまる「(レンタル話し相手)本人から聞いてるから ぼくは 本人の嫌ポイントを 知ってるよ」発言 レンタル話し相手くぼさん視点のこちらの予想「その2人を信頼 信用して ぼくがみずから そんな話したことありましたか...?」 レンタルなんもしない人のことだと思う。

それともどうなの、やっぱりこちらこそがジャッジ基準カード誤っていると言いますか、わかりません

あいまいもやもやとしているけど、レンタル話し相手さんは、おおきなめんたね教団のようなものに取り入れられたと思う。 みんなで世界平和のために演劇をやっているのだと思う。最新の記事を見ると、桜のアイコンの方々も巻き込まれているから、みんなで壮大な劇をやっているんだと思う。

「この作品はこういうところが悪い、こういうところが良い。そういうぼくの意見や悪口品評会に共感してくれなかったり同調してくれなかったりするだなんて、世界や世間はなんて悪い冷たいものなんだ。ぼくは孤独だ」となるかもしれないとしたら、レンタルなんもしない人さんかべつのだれか?なのでは。

サクラコガネムシさん発言について、もし「レンタルなんもしない人さんが、自作品ではなく他作品のことをけなすことでしかプライドを保てないところがある」かもしれないとしたら、それは納得できそうな気がする。「みんながぼくと同じ意見や評価をすべきだ、悪口けなしに同調や賛同すべきだ」もそう。

サクラコガネムシさんの「レン話師匠の他作品批評視点」の批評視点がよくわからない。 「世界が全部ぼくになれだとか、批評や悪口が世の中を良くするだなんて そもそもだれも言ってない。だれが言ったの?そんなこと」になりそう。 文字にしたらわかったけど、だれかがそれを言ってそう。ツイッター

演出の技術がすごくて泣いたのか、泣いてないのか、それとも隠してるフリなのか、なんだったのか。よくわからない、わからない。もやもや、もやもや。

レンタル話し相手さんの最新のnote記事を読んだ。もやもやとめんたね集団による壮大な演劇のようにも見えてきた。なにが本筋なんだろう。 「涙の描写の演出は、ぼくにとっては煉獄さんの人生や思い出なんてどうでもいいけどめちゃくちゃすごくて泣けたな(泣いてない)」みたいのは誰なんだろう。

「レンタルなんもしない人」という考え方や概念の枠組みは、うつでも働かなくてはならないとなってしまい強迫観念でしょうがない人の自然な治療や治癒、リフレーミングやリハビリのために必要な物事であり世界を良くする可能性がある。でもそれを、演者や周囲のフリーライダー許さない勢が妨害してる。

順番ってどうなのだろうか? 最後の方になぜか ショートネタコント 三本続けてどうぞ〜! #レンタルなんもしない人考察 #ななまがりコントけんちゃん考察

念波さん、橙さんの会話のところに「主語を曖昧にし、集団の義務感や罪悪感のようなものを背後から押しつけてなにかをさせようとする」?これが健康な成人男性の労働とかなら正当そうな話になるのかなぁ。曖昧にしてリンチいじめや相手に応じる義務なし不当要求のわがままはすり替えの卑怯に見えそう。

「それってほんとうか?」をつけたすだけで、バラエティー番組のように面白くできる。

そういう状況においてはぼくは男じゃない!ぼくも女性なんです!と言わざるを得ないんです!得ないのである! あれ、レンタルなんもしない人さんの最新のエピソード、めんたねさんのこれからのストーリーとそっくりだなぁ。 自分も気をつけないといけなさそう。都合よく作られちゃうと困るからだ。

ほんとうにめちゃくちゃ面白いか ほんとうにカレーはおいしいか ほんとうにメシマズ妻のタレ炒めはまずいか 作り手の人物やその成果物あるいはそのプロセスや管理者や環境の問題なのか、それとも評価者、編集者、読者の問題なのか。 これは労働とかでも同じ枠組みの議論ができそう。

「面白いドラマを望む」「人生はそもそもドラマだ」「ドラマのような人生」「恋愛も出会いも呪いのフィクション劇も起こらないドラマのようではないつまらない毎日」「そういうものをぼくによこせ!」かなぁ。「面白い人生ドラマをぼくによこせ!」ドラマ制作に対して支払う立場だったのかなぁ。