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スーパーマリオブラザーズ・ワンダーのプロモーション動画観て泣いた話

今年の冬から春は、酷い時期だった。
人間関係に悩んだ。仕事では現場で叩かれまくった。帰宅が深夜になる事も多かった。
無価値感や死に関する検索を頻繁に行っていた。
読書欲は予兆なく消滅し、将棋も差せなくなった。誰かのインスタをだらだら眺める日々が続いた。

そんなある夜、スマホに任天堂Switchの『スーパーマリオブラザーズ・ワンダー』(2023年10月発売開始)の情報が表示された。

私はテレビゲーム(という言い方が古いかも)に疎い。小学生だった時期に初代ファミコンが登場した世代だが、我が家にゲーム機が訪れることはなかった。ゲームに関する話題を軽蔑した時期すらあった。

しかしその夜、スーパーマリオブラザーズ・ワンダーのプロモーション動画を開いてみた。
5分ほどの動画だったと思う。観ているうちに涙が流れてきた。

明るく無邪気な世界があった。嬉々として飛び回るメインキャラクター達。敵のキャラクターには悪意が感じられずむしろ勝負に仮託した交流を楽しんでいるかのように見えた。その世界の毒味のなさが、心の弱った部分を刺激した。

しかもメインキャラクター達は協力し合って困難に立ち向かうのだという。協力して困難に立ち向かう。今の自分にはそんな相手さえいないのだ。

こうやって何かにつけ、自分の境遇と自分の目に映る他人のそれとを比較することが健全でないことは、百も承知している。ましてマリオやピーチ姫はデジタルデータであって人ですらない。

しかし感情は、ときに理性や訓練では押し留められない。親密さと興奮に溢れたマリオの世界と、狭い部屋の小さなスマホ画面を独り眺める自分。

数日後もう一度閲覧し、もう一度泣けたが、それきり観ることはなくなった。
日々を淡々と過ごす中で、心の中に垂れ込める重い霧みたいなものの濃度が多少下がったのかも知れない。
仕事関連の書籍を買い、部屋を片付け、ジョギングを始めた。
結局のところ独りでやっていくしかないのだ。

今も身辺の事態は完全には解決しておらず、気分は少し低い水準をベースに波があるが、何とか生きている。
スーパーマリオを観てびしょびしょ泣いた自分が滑稽にも思える。

といいながら先日、Switchを買ってしまった。もちろんゲームソフトは『スーパーマリオブラザーズ・ワンダー』。初心者にはかなり難しい。操作に忙し過ぎて泣けない。すいすいクリアしていく人達の凄さを理解できた。(零)

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