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目標の喪失体験を乗り越えるために重要になる周囲のサポートを考えています。

連日、学生スポーツの主要な大会が中止になってしまっています。

選手たちのことを考えると、正直なんといっていいのか。言葉が出ません。

当人たちにしかわからない気持ちを同じように感じることはきっと一生できないんだろうと思います。「わかる」などと気軽に口にしてはいけないと感じます。

それでも自分なりになんとか理解できないものかと、いろいろと先行研究を漁っていたりします。その中でも「喪失体験」「対象喪失」というキーワードが目に止まったものがありました。

対象喪失|心理学用語集サイコタム

この言葉は主に、家族や友人など大切な人間関係をなんらかのきっかけにより失ってしまった時に適応されるようだが、怪我や病気での健康の喪失や、目標や自分自身など精神的な喪失にも適応されるようです。

だとすれば今回の目標が消えてしまうと言う状況も当てはまる部分はあるのではないかと思います。

ネガティブな感情が出てくるのが自然

この対象喪失を体験した時、人は様々な心理状態を経験するといいます。

・何が起きたかわからずパニックになる。
・現実を受け止めることができない。
・なんでこんな目にあうのかと怒りが湧いてくる。
・それでも諦めなければいけないと言う絶望感。
・悲しみや悔しさでいっぱいになる。
・何にも気力が湧いてこない。

つまり、ありとあらゆるネガティブな感情を経験する可能性があります。それも同時に感じたり、何度もぐるぐると反芻したりするといったことが長期間に渡ってつづく。そうやって、一つ一つの気持ちにじっくりと整理をつけて行くことで、やっと現実を受け止めることができたり、少しずつ前向きな思考や行動を起こすことができる状態に移行して行くといいます

このような一連の流れは心理学者のフロイトによれば「悲哀の仕事」と呼ばれるもので、回復には必要な過程であると位置付けられています。

そして、この対象喪失という経験においてもう一つ重要なのは、喪失したものに対する当人の思い入れが強ければ強いほど、回復までにかかる時間が長くなる傾向にあるということです(池内・藤原, 2012)。

今回のケースでいうなら目標に向かって強い気持ちで突き進んできた選手ほどダメージが大きく、長く落ち込んでしまう可能性は十分考えられます。

高校生へのインタビューなどの記事を見ていると、つい先日の中止決定にも関わらず、前向きに捉えようとするコメントを目にすることがあります。もちろん前向きな姿勢では非常に重要で素晴らしいことではありますが、それによって、自分の気持ちを置き去りにしてしまっているのではないかと勝手に心配してしまっています。

表面上は前向きだけど、心がついてこない。もしそんな状況になってしまったとしたら、あまり良いものとは言えないのでしょうか。無用な葛藤を自分の中に作り上げることになるし、後述するが周囲からの適切なサポートを受ける機会を逃してしまうことにもなりかねません。

今この状況においては、ネガティブな気持ちの一つ一つにじっくりと整理をつけていくことで十分に前に進んでいることになるということを、本人も周囲も十分に理解をしておく必要があると感じます。

周囲からのサポートの重要性

また、このような回復過程を適切に歩んで行くために必要なことは、周囲の人々からのサポートであるといいます。この場合周囲の人々というのは、家族、チームの指導者、学校の先生、チームメイト、普段の友人のことです。

そういった人たちに自分の気持ちを打ち明けられたり、適切な言葉をもらえたりすることで、現状と気持ちに対する理解を深めていく。「悲哀の仕事」はこのようにして進みます。

だとすれば、選手の周囲の環境を自分の気持ちを素直に表現できる場所へ整える必要があると言えます。そのためには、気持ちが否定されるようなことがあってはならないし、それぞれのペースで立ち直ることをよしとされる雰囲気をつくることが重要になってきます。

今はまだ人と人とがなかなか集まれない状態ではあるが、Zoomなどのオンライン通話などを通して、チームメイト同士が自分の気持ちを交換するミーティングなど開催してもいいかもしれません。コミュニケーションを取れる場が用意されているだけで違います。

またそれと同時に、本人がそのサポートが使えると思えているかどうかが分水嶺となります。環境が整っているにも関わらず、それに気が付けなかったり、本人が助けを求められないと思っていると、必要なサポートが届きません。

「表面上は大丈夫そうに見えるが実は心の中で助けを求めている」
「人に頼るのが苦手」
「自分を表現するのが得意でない」

そんな選手には、意識的に周囲からのアプローチが必要かもしれません。これについては、アンケートなどを通じてそう言う選手に周りが気が付けるようなもの作れないかと思っています。

私自身も人に頼るのが苦手な節がありますが、周囲からの「困ったことがあったらいつでも話を聞くからね」という声かけ一つで救われたことがあります。結局その時はなんとか自力で解決しましたが、いつでもサポートを受けていいのだという安心感が心の支えになっていたことを思い出しました。本当にありがたかったです。

このような言葉は一度ではなく何度も重ねていうことで効果を増します。味方がいるんだというポーズを示すことも立派なサポートです。

気持ちを整理するための環境と時間

・気持ちを整理するための時間
・気持ちを素直に吐き出せる環境

目標を完全に立たれてしまっている選手のメンタルに必要になることは、初期段階としては大きく分けてこの二つになってくるのではないでしょうか。

もちろん選手によって個人差はあるでしょうし、こんな状態でも前に進むことができる強靭なメンタルの持ち主もいるかもしれません。そんな選手には、コミュニケーションを密にとりつつ、前に進むための具体的なサポート(進路の開拓だったり、トレーニングだったり)をすればいいと思います。

ただ、今後なかなか前に踏み出せない選手がいたとしても、それは何も悪いことではないということを重ねて申し上げたいのです。この文章を通じて、伝えたいシンプルなメッセージがあるとすればそれに尽きます。

痛みや苦しみを抱えていても、それでも大丈夫だと思えること自体も、また強さの一つの形だと信じます。関わる人みんなで、そんな強さをつくっていけたらいいなと感じます。


参考文献

池内裕美・藤原武弘(2012)喪失からの心理的回復過程
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssp/24/3/24_KJ00005381242/_article/-char/ja/


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Hashimoto Yuro / スポーツメンタルコーチ
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