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#29 桃色吐息

ショッピングモールの特設ステージでの初ライブが終わり、楽屋に戻ったハシビロコウ達は、終始無言だった。

思うことはたくさんあるのに、言葉にして伝えることにためらいを感じてしまう、妙な心持ち。



自分達の出番の前に演奏した、初々しい女子高生バンドの面々は、終演後の興奮が醒めやらない様子。
瑞々しい襟足に浮かぶ、透き通るような無数の小粒な汗もそのままに、甲高い嬌声をあげながら楽屋スペースを占拠していた。



ついこの間買ったばかりの楽器を手に、何度練習してもまともな演奏にならない未熟さを気にもせず、ノリと軽さと純粋さで結び付いた、無防備で真白な信頼関係だけで、全ての瞬間を輝きに満ちた成功体験として塗り潰してゆく。
若さ、その獰猛なパワー。
個々は主観しか知らないのに、仲間同士なぜか共感し合い、明るく楽しく仲良く出来る不思議。



ちょうど三つだけ空いているパイプ椅子に腰を並べる気にもなれず、ハシビロコウ達は無言のまま、楽器を片付けた後、目も合わせないように各々勝手に楽屋の外に出た。



ハシビロコウは、メジャーで活躍したい。

メジャーレーベルと契約し、CDをリリースし、テレビに出て、雑誌のインタビューを受けたい。



今すぐは無理だが、ゆくゆくはそうなりたいのだ。




だから、ライブハウスやカフェ、ショッピングモール等で演奏する事や、インディーズという名のもとに活動している数多のアマチュアミュージシャンの事を、心の中でバカにしていた。



「メジャーに行けないヤツら」


口にはしないものの、そういう風に見ていた。



自分の事は、当然、棚に上げて。




楽屋の外に出ると、夕暮れのステージ。
今日のイベントの最後の出演者が今まさに歌い始めようとしていた。



ハシビロコウは、楽屋を出てからずっと、モヤモヤする気持ちにしっくりくる居場所を見つけられずウロウロしていた。



する事もないので冷やかしついで、
うだつの上がらないステージでも見てやるか、と、からかうような気持ちで最前列に陣取り、隠す事もなく大アクビだ。


あー、クサクサする。



と、その時、信じられないような歌が、スピーカーから聴こえてきた。


太く甘く、
時にしゃがれ、
時に上ずり、
身悶えるほど震え、
すすり泣くようにかすれる。

それはまさに、「歌」と呼ぶに相応しい、紛れも無い、歌だった。



曲は、「パープル・レイン」

しかもアカペラで。

あまりにも有名な、亡きプリンスの名バラード。



ハシビロコウは文字通り耳を疑った。


今聴いている音が、歌が、現実のモノとは思えなかった。


今までの自分の認識を、「アマチュアミュージシャン」という存在に対する認識を、根底からひっくり返された。


情熱。迫力。豊穣な情緒。


歌が歌として成立するために必要な、全ての要素がそこにあり、なおかつさらにそこには、聴く人を惹きつける、何かがあった。



表現とは何か、メロディーとは、歌詞って何なのか。


アカペラで、歌唱のみで、これだけのことが表現出来る。その事実。



バンド編成、音数、ビジュアルや技術。


そんなことにこだわるより先に、もっともっと大事な事がある。




ハシビロコウ達の演奏の最中はソッポを向いていた人々が、一斉に振り向き、聴き惚れ、一歩ずつステージに歩み寄る。


その場にいる観客全員が、何かに魅せられ、引き寄せられていた。

通り過ぎようとした全員が立ち止まり、聞き惚れる


パープルレイン
は世界的には有名な曲だが、このショッピングモール内では、ハシビロコウ達のオリジナル曲と知名度はさほど変わらない(多分)。

にも関わらず、人々が、わけもなく、心奪われる。


そこに理屈はなかった。



素敵だ。


素敵という言葉以外に、この滑らかな時間を表現する言葉を見つけられない自分が、もどかしくて仕方がない。


ハシビロコウは今やすっかりこのピンクペリカンのファンになっていた。



フレーズが切れるたび、響きさざめくエコーの波に乗り、ハシビロコウギザギザハートはゆるやかに丸みを帯び、ほぐれてまろやかになっていくのだった。


プリンスパープルレインは、何千回聴いたかわからない。

大好きな、大好きな曲だ。


だからそのぶん、プリンス以外の人間が歌うのを、観たり聴いたりするのは大嫌いだった。


悦に入って歌う愚かなミュージシャンがYouTubeにアップロードした動画なんかを観た時には、誹謗中傷のコメントをしてやろうかと思うくらいに不快に思えたものだ。



それがどうだ、今の自分は、瞬きも出来ず、クチバシが渇くのも忘れ、身動き一つ取れないまま、気がつけば泣いていた

コピーもカバーもオリジナルもメジャーもインディーズもバンドもソロもテレビもショッピングモールも両親も味噌汁も駅弁フェアもメンバー達への不信感も、全て吹き飛んだ。



ハシビロコウは、愛を感じた。

目の前のピンクのペリカンの歌うアカペラのパープルレインに、愛を感じてしまっていた。


ノーミュージック、ノーライフ。
ただそれだけ。素敵やん。



それを、その事を、今まさに自分が感動で満たされているという事実に対し、悔しいと思う気持ちが顔を出す。

懸命に懸命に顔を出す。

やられっぱなしでなるものか、ここで終わってなるものかと。。


ハシビロコウは、その執拗なまでの自己防衛本能を頼りに、なんとか自分を保っていた。




同じ思いで引き寄せられたのだろう。


気づけば隣には、落花盛ハニワがいた。


涙の跡を隠しもせず、お互いの顔を見合わせて笑った。共感





歌が終わり一旦暗転。
穏やかな拍手がいつまでも尾を引いた。



細いピンスポットがゆっくりと、鮮やかにピンクペリカンを浮かび上がらせる。

感嘆混じりのため息吐息に続き、あたりが静寂に包まれる。



少しだけ間があり、一歩下がっていたピンクペリカンが再びマイクに近づいた。


ショッピングモールに満ちていく多幸感。
また、あの時間が訪れる。あの歌声が聴ける。。。

夜風がそっと、水面に波紋を広げていくように、そこにいる全員の期待がゆっくりと湧き立つのが、目に見えるようだった。





かすかにマイクが拾う、すぅっと息を吸う音。




それがハッキリ聴き取れるほど、辺りには、渇望を孕んだ静粛が敷き詰められていた。


放たれた一言。




ンク、リカン、カペラ、ープルレイン。あぅっ…PPAP




ハシビロコウは、打ちのめされた。



保っていた何かが、最後まで自分を支えてようとしていた何かが、弾け飛んでしまった。




シンと静まり返ったショッピングモールの特設会場。





ステージ裏にある楽屋スペースから、くぐもった女子高生達の嬌声だけが、遠くかすかに聞こえるのであった。





…to be continued

ハシビロコウバンド物語
「第二十九話 桃色吐息」
初出 2017.4.6



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