長谷川博一

激しいカウンセリング活動を続けて30年。 だからこそ描ける、リアルだがリアルではない心…

長谷川博一

激しいカウンセリング活動を続けて30年。 だからこそ描ける、リアルだがリアルではない心の深層世界の真実。 恐らく読者は「こんなことは現実には起こらない」と錯覚するだろう。 そんなことはないのだ。 多数のノンフィクションを手掛けた著者が初めて挑む長編小説。

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  • 心理士長谷川博一による書下ろし小説・フィクション

    構想1日。更新随時。変わり種の心理士、泉海(いずみか い 33歳)が誘う人の心の不可思議な世界。泉は特殊な技法で人々の苦悩に立ち向かう。その技法とは、人の心に潜入するというもの。泉の周囲で不思議な事象が続発する。彼は自らの使命を全うできるのか。謎の女性マリはいったい誰なのか。泉海とは何者なのか。エンドレスな長編。

最近の記事

diver 第一部 第十五話

【 1 彷徨う 】 何もない。何も見えない。何も聞こえない。何も触れない。何も感じられない。ここは虚無という世界なんだろうか……。それとも、死後の世界? < この世界のことは、小学6年生の少年には「何もない」としか理解できないじゃろう。死んでしまったあとの世界を知らないから、それとの区別もつかない。いわゆる意識を失っているという状態なんだな。時間の感覚がないから、彼にはどれくらい「何もない」を彷徨っていたのか想像もつかかないはずじゃ。いやいや、何もないのだから、そもそも時間

    • diver 第一部 第十四話

      【 1 学校というところ 】 僕は大学へ行って心理学の勉強をしたくなった。まず小学校へ行ってみよう。もうすぐ6年生の2学期も終わりに近づく時期だ。喋り方にも、使う言葉にも、困ることはなくなった。これも定一さんが『神田川』を歌ってくれたお陰だ。僕の大切なパパとの記憶の断片を手にしたことが、不登校生活を一変させることになる。パパはお星さまになっても、僕のこころの中で生きている。  ユリ姉ちゃんも、高校を1日休んだだけで復活した。将来カウンセラーになるという2人だけの目標が、2人

      • diver 第一部 第十三話

        【 1 ここから 】 「海斗くん。はじめまして。葉子(ようこ)と言います」  「……」  「この家の、お母さんよ。家族もいっぱいいるわ」  「……」  「同じ部屋は、3歳年上のヒロシくん。中学3年。今学校に行ってるけど、夕方帰ってくると思うわ」  「……」  「まだ来たばかりだから慣れないと思うけど、困ったことがあったら何でも言ってね」  「……」  「夕食は6時から。下の食堂で。疲れてると思うから、それまでゆっくりしていてね」  「……」  「あっ。まだ

        • diver 第一部 第十二話

          【 1 疑念 】 その夜、雑誌から消えかかった足について、マリさんにも確認してみたいと思った。  「例の写真週刊誌、『マンデー』でしたっけ、今どこにありましたか?」  「私の奥の部屋の書棚に入れてあるわ」  「僕たちの写真、見ましたよね?」  「ええ、見たわよ」  「何かおかしいと思いませんでした?」  「説明がデタラメばかりでおかしいと思ったけど……」  「いや、写真そのものです」  「何かあったかなぁ……。気づかなかったわ」  「よく見ると、足の下のほう

        diver 第一部 第十五話

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        • 心理士長谷川博一による書下ろし小説・フィクション
          15本

        記事

          diver 第一部 第十一話

          【 1 発達障害 】 習志野警察署での捜査協力からの帰り、警察車両には下山捜査員も同乗した。彼は大学で心理学を学びこの分野に興味を持っているという。中学2年生である佐木マアヤが近所に住む夫婦を殺害した事件。下山捜査員はその心理的背景に大きな関心を持っていた。  下山「さきほど、最後に話すようになったのは、パニックの状態から脱したと理解していいんでしょうか?」  「そうですね。激しい状態からは脱したと」  「パニックというのは、暴れたり騒いだりするものとは限らないのですね

          diver 第一部 第十一話

          diver 第一部 第十話

          【 1 沈滞 】………… <(低い男の声)さて、読者の諸君。そろそろこの物語に隠された、ある真実の秘密が見えてきた頃かな。「いやいや、理屈では説明のつかないことがある、ぐらいしかわかりません」といった声が聞こえてきそうだ。そんなに難しいかな。決定的に重大な、ある真実を見抜くのは>  <この物語は誰が書いている? 「僕」と呼んでいる書き手は誰だったかな? 泉海(いずみかい)じゃないかって? そうだった。では、諸君は、泉海のことをどれだけ知っている。本名は? 年齢は? 出身は

          diver 第一部 第十話

          diver 第一部 第九話

          【 1 天に帰った魂 】 お盆が終わった。この時期は毎年、人々は先祖の魂があの世とこの世を行き来することに想像を膨らませながら、全国で様々な行事が行われている。  僕たちは、あの西の地で、仙人のような神主から古い鈴を託された。これからどんな新しい出会いがあるだろう。どんな別れがあるだろう……。未知の自分との出会いも、新たな目標になった。  朝、2階の事務室へ行くとマリさんがノートに何やら書きこんでいた。  「今朝、新規の申し込みがあったわ」  「さっそくですね」  

          diver 第一部 第九話

          diver 第一部 第八話

          【 1 ドライブ 】 お盆休みも後半に入った。かねてからマリさんと約束していたドライブ旅行に出かけることになった。行先は、マリさんの提案通り、日本三大羽衣伝説の地のうちの2つ、京丹後と三保の松原。  車は、マリさんが大型ワンボックスカーのヴェルファイアーを手配してくれていた。この車は1列目から3列目までをフルフラットにすることができ、とても広く、仮眠することができる。というのも、高速道路の渋滞が予想され、いつどこに到着できるかわからないので、敷布団と掛布団、それに枕を用意し

          diver 第一部 第八話

          diver 第一部 第七話

          【 1 電話の向こう 】 右腕の傷が癒えるまで、この数日間は字を書いたりすることを医者から止められている。そこでクライエントには、事務員のマリさんがカウンセリングに同席してカルテへの記録を行ってもらうことを了承してもらった。了承してもらえない場合の代替案として録音を提案しようとしたが、今のところすべて大丈夫だった。  午前のカウンセリングを終え、昼食の休憩に入った。最近は、1階の自分のキッチンへ行って何か作るより、2階の事務室で打ち合わせをしながら、マリさんのちょっとした手

          diver 第一部 第七話

          diver 第一部 第六話

          【 1 事務員 】 マリさんから、泉心理相談所の「事務員にしてほしい」との申し出があった。これは驚きだった。連日、中学校へ出向いていたりして疲労がたまった僕は、「後日聞きます」と答え、そのまま数日間ペンディングにしていたのだった。  確かにこれまでは、事務的な仕事もカウンセリングもすべて一人でやろうとしてきた。そこには根本的な欠陥も孕んでおり、クライエントの人たちに多大な迷惑をかけてきたのは事実だ。  事務的な仕事とは、問い合わせや予約への対応、カルテなど個人情報の管理、

          diver 第一部 第六話

          diver 第一部 第五話

          【 1 夏休み 】 学校が夏休みに入った。関東にはまだ梅雨明け宣言が出ていない。時々遠くに走る稲妻が見える夕方。今日の仕事を終えようかと一息つくと、相談所の電話が鳴った。  「はい! 泉心理相談所です」  「あのう、、いじめの相談はやっていますか?」  「はい。お役に立てるのなら」  「今からお願いできますか?」  「初回はじっくり時間をかけてお話をうかがいますので。明日の午前はいかがですか?」  「わかりました。では是非、明日の午前で」  「お母さんお一人で来

          diver 第一部 第五話

          diver 第一部 第四話

          【 1 三差路 】 今夜は蒸し暑く、何度も目が覚める。脳内に感じる鉄臭さは、僕が僕自身の幕を開けなくてはいない時期に来ていることを予感させる。誰かのために誰かのこころに潜入するばかりでなく、そろそろ僕自身のこころに入り、僕の真実に気づこうとしなくちゃいけないな。  マリさんが時々放つ言葉は、僕の好奇心のベクトルを少しずつ軌道修正させていたようだ。  今夜、何度目かの覚醒のあと、僕は僕の中に広がる蒼い世界にもう一度、挑んでみたいと思った。以前に一度だけ試みたことがあった。潜

          diver 第一部 第四話

          diver 第一部 第三話

          diver 第一部 第三話【 1 ニュース 】 今年の東京は梅雨末期の大雨が少ない気がする。去年が、全国的にあまりにも激しかったためにそう感じるだけなのかもしれない。それにしてもすっきりしない天気が続く。7月とは思えない肌寒い日もあった。いずれ梅雨が明けると、地球温暖化と歩調を合わせたような酷暑に見舞われるのだろう。米国の大統領が言い放った「地球温暖化はフェイク・ニュースだ」は、誰にも信じられていないフェイクだ。テレビやネットから流れるニュースをそのまま鵜呑みにはできない、情

          diver 第一部 第三話

          diver 第一部 第二話

          【 1 娘を想う母 】 泉相談所を神田に移転したことで、カウンセリングの新規問い合わせが頻繁に入るようになると、僕が事務仕事も兼ねていたので、それはもう大変だった。幸いなことにマリさんが光回線を用意してくれていて、ネットも電話も設備投資の面でいろいろと助かった。  すべての業務をここで行うわけだから、特にカウンセリングに支障をきたすことのないような工夫が必要だ。リビングルームはカウンセリング専用の場とし、僕個人のプライベート空間を事務所と兼ねた。パソコンと固定電話はダイニン

          diver 第一部 第二話

          diver 第一部 第一話

          【 1 いつもの幻影 】 奥へ、奥へ。  深く、深く、もっと深く。そして中核へ。  あの先だな。知っているよ。蒼に包まれたこの世界で、あの先に見えるはずのもの。破られることのない静寂で、ずっと待っていてくれる「それ」を。  ぼーっと狐色に光っている。あれだ! あそこまで行かなくちゃ! 早くいかなくちゃ! なぜって、行けばなんとかなる。行けばきっとわかる。だからどうしても行かなくちゃならないんだ。  この僕の手で解決させるために。  僕の足はまるでイルカのフィンのよう

          diver 第一部 第一話