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vol.31「ヨガ教室」立夏 5/5〜5/20


 in-kyoの閉店後、いつもならマイペースに行う業務も、その日ばかりはテキパキと終わらせて、小走りをしながらヨガ教室へ向かう。教室の場所はin-kyoから歩いて約5分。三春交流館「まほら」の2階にある和室で、週に一度行われているヨガ教室へ通っている。
「まほら」は町中の中心地にあり、1Fには音楽会や舞踏、演劇、映画上映や落語会などが開催できる大ホール、小ホールの他に、2Fには会議や様々な講座などに使われている、学習室や和室があり、公民館とイベントホールの機能を併せた町の施設だ。名前の由来はよく整っていること。完全なさまを意味する古語の「真秀」(まほ)に、場所を示す「ら」がついたもので、「すぐれた良い場所」という意味から名付けられたそうだ。名前の由来を知る前から、声にしたときのすっぽりと包まれるような言葉の響きに親しみを感じていた。
 私が「まほら」に到着する頃には、先生とすでにいらしている皆さんの笑い声や話し声が、和室の入り口の方から聞こえてくる。そのホッとするような和やかな雰囲気を、自分が乱してしまわないように努めて深呼吸をして息を整えながら準備をする。まるでいつも遅刻ギリギリに登校して教室にすべり込む学生のように、なるべく気配を消しつつそそくさと後ろのスペースにマットを広げ、スッとヨガの時間へと気持ちを切り替えていく。するとそれまでザワザワしていた自分の内側が、ゆっくりゆっくり凪いでいくのがなんとも言えず心地よい。
 三春でヨガ教室に通うことになったのは今から三年前、KUU先生との出会いがあったからだ。in-kyoに何度か足を運んで下さっていたその方が、ヨガの先生だと知ったのはしばらく経ってからのこと。会話の流れで教室のお知らせのチラシを頂いたことがきっかけだった。それまでヨガを習いたいと思っていても、ジム通いにはどこか照れくささも感じて気後れもしていたし、たとえジムへ行くことを決心したとしても三春からは車で通わなければならない距離。となるとペーパードライバーは、まずは教習所に行くことの方が先となる。そんなことを考えているうちに、気持ちがシュンとしぼんでいた。それが仕事が終わってから歩いて向かっても間に合う距離。しかも素敵だなぁと思っていた方が先生だなんて! こうして迷うことなく私のヨガ教室通いが始まった。
 
 先生はいつもいたって優しい。
「鼻から息を吸って。鼻から吐いて。鼻から息を吐くのが苦しい方は口から吐いても結構です」「無理はしないでください」
 週に一度の教室でも、仕事の都合や体調の具合で通えないこともある。そんなときも先生は「休むこともヨガの一部なんですよ」と言って下さる。ヨガの本質の意味までは理解などできていないのだけれど、その言葉のおかげで抱えた罪悪感が薄らいでいく。
 木のポーズ(ヴルクシャアーサナ)は片足で立つのでバランスを取るのが難しい。ゆらゆらと体が動いてしまっても「揺れてもいいんですよ。揺れながらバランスを取ろうとすることが大事なんです」と、先生にそう言葉をかけられるだけで「〜しなければならない」と、いつの間にか何かに縛られていた気持ちから解放される。体だけでなく、頭の中も心もふわっとゆるんで、それはどこかぬるめの温泉に浸かってゆるゆるとリラックスしているような感覚にも似ているのだ。
 KUU先生は三春出身の方で、東京で仕事をしていたが4年前に三春に戻ってこられた。私が東京から移住をしたときに感じたことと同じように、三春は季節の移り変わりがくっきりとしているとよくお話して下さる。伺いながら、先生が目にした景色を一緒に散策しながら味わっているようなそんな気持ちにさせてもらっている。草木や木々が芽吹き始めた頃のほわほわとした赤ちゃんの産毛のような緑のことや、ぐんぐんと濃くなっていく木の葉が、陽の光を受けてキラキラと輝く様、その頃を過ぎて葉の裏側の白さが目立ってきたという様子など。「美しい」ということは十分にわかっているその風景も、気に留めなければ気づかぬうちに目の端を過ぎ去っていく。その小さな日々の移ろいを、ヨガの教室に持ち寄ってみんなで分かち合うような時間にもなっている。
 教室の始まりにはそんな季節のお話や暦のこと、月と月星座、そしてその星座が司る体の部位のことをお話してくださるのを毎回楽しみにしている。月の満ち欠けと体の調子が関係していることは、なんとなく体感でわかっているつもりだけれど、そこに月星座というものも関わっていることが興味深い。いざヨガが始まると、呼吸や動きに意識を集中させていくうちに、頭の中から余計なノイズが少しずつ消えていき、最後の屍のポーズ(シャバーサナ)の頃には、すっかり体がゆるんでストンと眠りに落ちてしまうことすらある。
 ポカポカと体が温まった帰り道は気分が良く、教室の時間をおさらいするように、つい月を見上げながら歩いて帰っている。下弦の月、上弦の月、新月、満月。今日の月星座と体の部位は…。日々刻々と変化している自然の流れの中に、ちっぽけな自分がそこにいて、ただただ添わせてもらっているだけ。決して卑下するわけでもなく、あくまでもフラットなそんな謙虚な気持ちを、ヨガを通して教えてもらっている。