vol.20 「朝散歩」小雪 11/22〜12/6
水(スイ)と木(モク)と名付けた我が家の愛猫たちは、夜の間は思い思いの場所で過ごしていても、どういうわけか明け方になると布団にもぐり込んで来る。特にオスのモクは体は大きくなったというのに甘えん坊で、喉をゴロゴロと鳴らしながら私の手のひらでチュパチュパとおしゃぶりをする。そうすると安心して眠れるようなのだが、私の方はまるで逆。耳元でゴロゴロとチュパチュパの和音が聞こえてくると、どんなに熟睡をしていても目を覚ましてしまう。そして腕の中ではいつの間にかメスのスイが静かにスヤスヤと寝ているとなると、寝返りをうつこともできなくなる。
「あぁ。そろそろ起きる時間かぁ」
スイとモクは目覚ましのアラーム音よりも威力を発揮する。6時でも冬の窓の外はまだ薄暗いからもう少しまどろんでいたいと思うのだけれど。それでも「よしっ!」と、布団から抜け出そうと思うのは、スイとモクに加えて最近気に入っている朝の散歩が最後のひと推しとなっているからだ。
起きたらまずは鉄びんでお湯を沸かし、カップ一杯の白湯を体に沁み渡らせるようにゆっくり飲むのが朝の習慣。シャワーを浴びてすっきりと目を覚まし、パパッと簡単に身支度を整えたら夫と二人で朝の散歩へと出かける。
霜が降りた朝は、草木や落ち葉さえも美しく、辺り一面ベールに包まれたかのような景色を見せてくれる。それは早起きをした者へのギフトのようなもの。あの木の形がいいだの、あそこのお宅の畑の白菜は立派だねぇなどと、散歩をしながらの会話はそんな他愛も無いことばかり。緩やかな坂道をしゃべりながら歩いていると息が上がる。が、吐く息はまだ白くは無いので、本格的な寒さはこれから。澄んだ空気が気持ちいいなどと言っていられるのも今のうちかもしれない。少し小高い場所まで歩いて振り向けば、雪化粧をした安達太良山を望むことができる。気温が下がった日などは空気が冴えてなおさら美しい。私は山が近くに無い土地で育ったためか、山に対して特別な思いがある。憧れのような。
「山!ほらほら山がきれい!」
毎日見ていようが、山の美しさにはいちいち感動して見飽きることなどない。私がそんな調子でも、夫には「あぁそうだね」と軽く受け流されてしまう。すごいことなんだけどなぁ。まぁムキになるほどのことでもないのでいいけれど。
家の近くで安達太良山が一望できるポイントを見つけることができたのは、散歩のゴール地点にしている「ブーランジェリーカヌレ」がopenしたお陰。美味しい焼きたてのパンとフランス焼き菓子のお店だ。開店時間が朝7時というのがまた嬉しい。まるでフランスそのもののようではないか。私たちがいそいそと毎日のように散歩へ出かけるようになったのは、もちろん美しい晩秋の景色もひとつの要素だけれど、一番の理由は「パンを買いに」。それでこんなにも布団から抜け出すことがたやすくなってしまうとは、なんと単純で食いしん坊なのだろう。
まだお若いご夫婦が始めたカヌレさんは、ご主人のご実家の敷地内にある土壁の古民家を改装したお店で、どこか懐かしくホッとする佇まい。店内は香ばしさと、甘い良い香りがして幸せな空気が満ちている。パンやお菓子が並べられた箱、それらを置くテーブルやカウンター、入り口の扉も全て手作りというから驚きだ。お話を伺うと、お父さんが何でも作ることができる器用な方とのこと。それも真新しいものを使うのではなく、もともとあった廃材をうまく利用している。縁側にはやはり手作りの丸太のスツールが並んでいて、飲み物を持参すればそこに座って出来立てのパンを食べることもできるのだ。お話を聞いた翌日には保温ポットにコーヒーを入れて、早速縁側をお借りして朝ごはん。「美味しい」にはいろんな種類があると思うけれど、カヌレさんのパンやお菓子は、今日食べてもまた明日もと、毎日食べたくなる美味しさなのだ。縁側はお庭に面した場所で日当たりも良く、鳥たちがのどかに鳴いている。平和な1日の始まり。ぐるりと辺りを見まわしてみると、お店の裏手は林のようだが。
「あの林は通り抜けられるんですか?」
「はい。通り抜けられますよ」
「通らせてもらっても良いですか?」
方角的には我が家への帰り道の方向だ。お父さんが手入れをしているという私道の林を通らせて頂いた。乾いた落ち葉を踏みしめる度にシャクシャク、クシュッと耳に軽やかな音が届く。木々の下枝はキレイに落とされ、光が程よく降り注ぐ。人の手が入ってはいるけれど、やりすぎていることはなく空気が澄み渡って清々しい。どこか異国へとワープしたような心地良さは、自然と人との調和から生まれているのだろう。林の小径が近道ということもわかり、その後は散歩コースにさせて頂いている。
「人間は毎日、きれいだなぁと思う景色を見ながら暮らした方がいいと思うんですよ。」
これは、私たちが三春で物件探しをし始めた頃からお世話になっている方の言葉で、ことあるごとに思い返している。今日も早起きをしてパンを買いに。