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長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺

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2023年5月の記事一覧

水もしたたる色気。 篠井英介 讃

 大輪の薔薇、しかも深紅の薔薇を見ているようだった。  篠井さんの舞台を初めて見たときの印象である。記憶をたどってみると、一九八七年に新宿にあったタイニーアリスで見た『いろは四谷怪談』だった。  私の記憶では、篠井さんはこのとき、女方ではなく、立役の民谷伊右衛門を勤めていたように思う。あるいはその日によって、演じる役が代わっていた可能性もあるけれど、今となっては確かめようがないのが残念だ。  歌舞伎の『東海道四谷怪談』では、「浪宅の場」の伊右衛門は、五分むしりの御家人髷。

【劇評303】魂は苦痛に満ちた言葉を語り続ける。イキウメ『人魂を届けに』を読む。九枚。

 演劇に対する誠実さにおいて、劇団イキウメは群を抜いている。  彼らは言葉と身体の微細な表現に、神経を行き届かせる。徹底してこだわる。この誠実さは、観客を射貫き、揺さぶり、思考の海へと誘う。演劇の神への生贄として、自らの舞台を捧げているかのようだ。畏怖すべき存在だと思う。  二年半ぶりの新作『人魂を届けに』は、トリッキーな趣向に頼らない。純度がきわめて高く、現代演劇の頂点にある作品である。これまでも、すぐれた舞台を立て続けに生んできた集団が、また、もう一歩、いや数歩、高み

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【劇評302】パワフルで大胆な群衆劇として松本祐子演出の『地獄のオルフェイス』が黄泉の国から甦った。

 生きることに貪欲がゆえに、地獄から抜け出せぬ人間を観た。  テネシー・ウィリアムズ作、広田敦郎訳の『地獄のオルフェウス』(文学座アトリエ)は、松本祐子の演出を得て、パワフルで、破壊的で、しかも狂気にあふれた劇に生まれかわった。  文学座アトリエの上演史のなかでも、歴史に刻まれるだろう。それだけの力に満ちあふれている。  これまでの上演とは、大きく変わった解釈・演出が五つある。  まず、功成り名をとげた大女優と、若くて色気にあふれた男優の恋愛沙汰を見せる芝居に終わっていな

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【劇評301】歌舞伎役者の一員として責任を果たす。初代尾上眞秀の初舞台。

 上演年表を眺めて飽きることがない。  もっとも手軽なのは、歌舞伎座の筋書で、戦後ではあるにしても、上演年月、配役、備考、上演時間がコンパクトにまとまっている。幕間に、年表を眺め、自分が観てきた舞台を思い出すのは、歌舞伎見物の楽しみだと思う。  團菊祭五月大歌舞伎。昨年の團十郎襲名によって、十五年振りに團十郎、菊五郎が同じ舞台に乗る。今を盛りの松禄、團十郎、菊之助に、大立者たちがからんで大顔合わせとなるのが期待された。  まずは、『対面』。こうした定型の役柄の複雑な組み

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【劇評300】死をふりきるために、私たちは旅に出るのか。うさぎストライプ『あたらしい朝』が踏み出した一歩について。5枚。

死の気配  人のまわりには、さだかには見えないけれど、確実に死がある。まとわりついた死の気配は、払いのけることはできず、どこまでもつきまとってくる。逃げ去ることはできない。  うさぎストライプの『あたらしい朝』(大池容子作・演出 こまばアゴラ劇場)は、この人類普遍の真実を、ことさらに言いつのることなく、日常として描き、すぐれている。   簡素なパイプ椅子に座った男女。舞台、上手上方に、からすのような黒く、くちばしの尖った仮面をつけた女が、「羽田空港」と乱暴に書かれた段ボ

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