見出し画像

Dr.おかっちのアニメ処方【2024夏編その1】

プロローグ

僕の名前は、岡本和文。僕をおかっちと呼ぶ人もいる。
5年前に父は他界して、母との2人暮らしの精神障害者だ。

今回のお話は、僕に勇気をくれる物語たちへのラブレターを書こうと思う。

いきなりだけど、暗い話をしよう。

今更だが、僕は物語が好きだ。そもそもの発端は、精神科の病気を発症したことにある。
17歳当時の僕は、不登校だった。
今でこそ、学校に通う5分の1の子供達がなんらかの不登校を経験しているというというから、先駆けといえば先駆けかもしれない。
病名をつければ、僕も発達障害だった。そこからの現在の病気の二次発症。一般につけられる病名ではなく、薬をもらう上での分類は統合失調症と診断されている。

精神病院の治療を認めきれなくて、映画に出てくる催眠術師のような精神科治療を求めた。
しかし、どこにいっても見つからない。あるのは鍵をつけた部屋と薬物の処方。薬の調整のため入院した際、リノリウムの床は限りなく冷たかった。
ついにはみてくれる病院が無くなった。
同じ病気を背負った戦友たちも多くいたけど、それも転院してしまうと会えなくなった。所詮、患者は囲い込まれていたのが現実だった。
その時の僕は孤独だったのかもしれない。

しかし、僕は悲観しなかった。
たくさんある空白時間は、物語に触れることを許してくれるから。


第1話 【ラーメン赤猫】

母は統合失調症の家族会に属している。
月に1回、そこへ通って、悩みを聞いてもらってはいるらしい。
8050問題という言葉がある。
病気などで復職できない人たちの親が80歳を超えて、残される50歳の子供たちがどう社会の中で生きていくのか、という社会問題だ。まさにそれが僕と親の関係でもある。
母親とはうまくやっている、方だと思う。
食事後に、1時間程度の会話をする程度に関係は悪くない。
ただ、そんな母にも話ができない分野がある。
ズバリ、アニメの話だ。

「おかっちさん!きいてください!」

僕の癒しの場にきた美少女が、突然、僕に難問を突きつけてきた。
最近、僕のご近所に引っ越してきた。長門なるみちゃんだ。

前提として、僕の居場所とはどこなのか、話をしておいた方がいいと思う。
障害年金を受給している僕にとって、居場所とはズバリコンビニ【フレンドマート】のコピー機の前である。そのコピー機こそが僕にとって鉄火場だ。
真剣に差し込む300円ガチャで、次に印刷される推しのアニメキャラを引き当てる瞬間は、僕だけの至福の瞬間。まさに、この小さなギャンブルこそが、アニメオタクとしての深みである。生き甲斐だといってもいい。

そのコピー機にわざわざ、彼女はやってきたのだ。

「あらたくんが、また、あたしの大事な大事なかっぱえびせんを食べたんですっ!」

そこへ飛び込んできた、なるみちゃんの一言。the 低次元が服をきたような悩みである。

「じゃあ、直接本人にいえば?」

「・・・」と黙り込むなるみちゃん。

うーん。何か裏がありそうだ。多分、長年あらたの性格を知る僕にとって、かっぱえびせんを食べただけではない気がするんだけど。少し考えた上で、僕は提案する。

「うん。【ラーメン赤猫】ってみたことある?」

「?」

意味がわからないまま、「でも、それでなんとかなるんですか?」と答えるなるみちゃん。

「うん。ただし、あらたくんと一緒に見るんだよ? WiFiのきいている部屋でスマホで見るといい」

「はい・・・でも、本当に謝ってくれるかなぁ?」「まあ、騙されてみてよ」


「ありがとうございます! 解決しました、おかっちさん!」

数時間後。にこやかな笑顔で、なるみちゃんが報告した。「それどころか、お詫びにあらたくんの方からラーメン屋に誘ってもらったんですっ!」

笑顔で帰っていくなるみちゃん。
ああ、やっぱし、そこが問題だったか。大きくため息をつく僕。

「あらたって、猫が好きだったからなあ」

だから、猫の物語だったら、内容が理解できたし、なるみちゃんを誘うきっかけにもなったんじゃないかな。彼がかっぱえびせんを食べたりしたのは、なんとか彼女の気をひきたいという男心。だから、共通の趣味を見るという口実があれば、きっとうまくいくと思ったんだ。

個人的にいうと、日常系の物語でここまで作画に力を入れた作品は珍しいと思う。
店長が麺を湯切りするタイミングの細かさが、まさに職人。
店の理念もしっかりしているし、動物が人間の言葉を喋るというフィクションも織り交ぜながら、適度なリアル加減が絶妙のラーメン赤猫。さすがラーメン屋というか何か。

今頃、なるみちゃんとあらたくんは仲良く続きを見てるかな?
僕もお腹が空いてきた。インスタントラーメンを買って、実家の母と一緒に食べよう。


第2話 【物語シリーズ オフシーズン 撫物語】

「あなたがおかっちさんですね?」

いつも行くフレンドマートのコピー機の前に、一人の少年が立っていた。

「いつも、2chの掲示板を見せていただいています。さすが「慧眼おかっち」。僕らの間では伝説です」

どうやらネット界隈で僕を知っている少年らしい。

その恥ずかしいハンドルネームは早くなんとかするべきだったんだけど、ずるずると今日まで来てしまった。

うん。ここは知らないふりをしよう。

「あれ? 人ちがいじゃないですか?」

ぐふふと笑って、リアルの中学生が僕の胸元をビシッと指差す。

「重度のまひろTシャツと、紙タバコ。コミケの出展者やコスプレイヤーたちの間で、噂される「慧眼おかっち」は、あなた以外ありえません!」

あ、ああ。こいつ、完全にストーカーだっ!警察は119番かっ!?

と、僕の背筋に冷たいものと混乱が走った瞬間。

少年が突然、土下座した。

「どうやれば、いい作品が書けるか教えてください!」

閑話休題。

聞けば、少年は、たかひろくん14歳。この街で不登校を続ける中学2年生。

日頃は、家に引きこもっているが、兄の誘いで行った都内のコミケで、僕の噂を聞き及び、偶然、僕と同じ街に住んでいることから、住所まで突き止めたらしい。誰が僕の自宅を聖地巡礼する人が現れると予想できただろう?

まじで怖いな、ネット社会。

たかひろくんは、なろうの小説家になるのが夢らしい。メディアミックスの発端になることの多いなろう小説。それに触発されて、書いているのだそうだが。

「いいのが書けないんですよっ!どうか教えてください!」

うーん。そう言われても困る。
僕だって、SNS活動も地味だし、二つ名だってコロナ直後のものだったし。
そして、何より僕自身、現在の勝負の流れが超ハイスピードであることくらいよくわかっている。書いたその直後に、評価は下ってしまい、熱が冷めるのも急速だ。

突然、ピンときた。
要は、たかひろくんに、青春を生きる自信と覚悟がつけばいいわけだ。

「あのさ、【物語シリーズ】って知ってる?その中に出てくる【千石撫子】という少女の話が僕は好きでね」

「あ、父が見たことあるって言ってました!」

あー、、、、そうかぁ。お父さんかぁ・・・。確かに、作品としては、かなり古い部類に入ると思う。
一応、結末はそのシリーズの中の「結物語」で書かれているはずなのだけど、これを原作者がどう言葉遊びで切り抜けるのかが、見る側としての楽しみで。

「やがて、その少女は事件を解決すると同時に未来を自力で紡ぐわけだ」

「あのー、、、さすが「慧眼おかっち」だとは思いますが、物語全体の主人公は、「阿良々木暦」くんなのでは?」

がーん。こいつ、僕以上に、物語シリーズに明るかったっ!

せっかく、僕は歌物語のCDを購入して悦に入っていたら、直後にSpotifyのストリーミングの中で聞けた時と同等の衝撃がフラッシュバックした。

頭の中でこだました。一時の優越感。直後の絶望感。
意識がどんどん遠のいて行く。そのかすみゆく先に、ぼんやりたかひろくんの声だけが聞こえた。

「おーい。おかっちさーん。大丈夫ですかぁ!・・・・」


第3話 【負けヒロインが多すぎる】

正直、僕は仕事と恋愛と無縁の人生を歩んできた。

「母さん、おかわり」

台所で母が飯を注いでくれる。手元の梅干しとふりかけ。野菜たっぷりの味噌汁と納豆がうちの朝の定番だ。おっと、デザートのヨーグルトも健康のためには忘れられない。

「おい。和文」

「ハイ?」

母がため息をついた。「おまえさん。いつになったらお嫁さんを連れてくるのかね?」

「・・・そう言われましても、僕、仕事もしてないし・・・・」

「だったら、働きな。なんでも、最近は病気を持っていても働いている人は多いそうじゃないか」

うん。正論だし。確かに、その通りなんだけどさ。
冒頭で言ったとおり、社会問題なんだけど。

その障害者の就労って、現実に色々問題が多いんだよね。定着した後も含めて。
実際、訓練に行っている人は偉いと思うよ。ほんの一握りでも、一般就労を目指す努力家は頑張っていると思うし、それをけなすべきでもないと思うんだ。
同時に、障害者の性の問題も無視してはいけない話だ。
仲間内には何組か、結婚しているカップルも見られないわけではない。
人は一人ではいけないし、伴侶の問題を単なるセックスだけの問題と捉えるべきでもない。

母は時代の人だから、時代が時代なら座敷牢に入れられても仕方ない僕を毎日、お世話してくれている。

80歳ももう目の前だ。だから、親孝行はするべきなんだと、僕は思う。

・・・でもさ。

人生の成功ってなんだろう。仕事について、結婚して、子供を授かって、育ってて・・・。
サクセスロードを歩み続けることが幸せなんて幻想は、僕にはない。
だって、今の僕こそ、ささやかでも幸せのゴールの真っ只中だ。
今、ゴールにいる人が、次のゴールへ逃げる必要はあるのかい?

「ガールフレンドくらいはいるんだろ?」

母が詰め寄る。

「げっ・・・そっちで攻めるのか?、、、僕の永遠の恋人は!」

「そのくたびれたTシャツの女の子かい? おまえの趣味は知っとるよ。なんでも、その子、男という設定じゃないか」

もしかして、読んだのかこの作品? あまりに息子に対する歩み寄りが執念深い。というかそれを通り越して、重すぎる。

「ご、ご馳走様っ!」「おう、逃げるかっ。和文!」


「というわけなんだ。どう思う? のぞみちゃん?」

「へえ、おかっちらしいねぇ」

のぞみちゃんが笑う。
彼女は、残念ながら、恋人にはなれない人間の一人である。訪問看護でこの10年お世話になっている古参の看護婦さんなのだ。最近、わかったことだけど、同じ就職氷河期を乗り越えた同級生なのらしい。

「のぞみちゃん、どうやれば恋人できると思う? せめて形だけでも」

「それをアドバイスするのは、私の仕事じゃありません」

「コツだけでも、教えてください。お願いします」

「仕方ないなぁ。・・・正直、恋愛ってそんなに素敵だと思う?」
のぞみちゃんは、僕のバイタルチェックを済ませながら、僕を見上げた。「1%のゴールインは99%の失恋の上で成り立っているの。覚えておきなさい」

「あー。なるほどね。1組のカップルの上に、99人の負けヒロインがいるってことかぁ」

「そゆこと」

恋愛を考える時、面白い物語があったことを思い出した。
【負けヒロインが多すぎる】である。

なぜ、人は恋をするのか。それは失恋するためである。
人は失恋する時に一番成長する。だから、多いに恋せよ。多いに涙を流すのだ

この作品を語るとき、考えることがたくさんある。
傷つくことは大変なことかもしれない。恋愛小説は恋が終わればその後が書かれることは少ない。でも、僕たち現実の人間は恋の先に続きがある。
人生のスタートは一つであり、人生のゴールも一つしかない。
どうして、僕は視野が狭くなっていたのだろう。
僕の物語は僕しか書けないのに、僕は勝手にただいまのゴールを決めてしまっていた。

この物語の八奈見ちゃんと温水くんの友達付き合いは、友達以上で恋愛未満で。
こんなお似合いのカップルが、実際、自分たちはそうは思ってなくて。
2人の認識のずれがたまらなく面白く、応援したくなるお話である。

「僕としては、八奈見ちゃんのダイエット回を予想しているんだ」

「あのさ。おかっち。女子にダイエットという単語を持ち出すごとに、恋は逃げて行くものと知りなさい」

ぷんぷんと怒って帰る訪問看護さんにつっこまれながら、僕はため息をついた。

これも、女心ってやつですかね。まひろちゃん。

無言のTシャツの女の子は、伸び切っていて、どうやら僕の彼女にも替え時が来たらしかった。

(続く)

いいなと思ったら応援しよう!