自分で獲る自信がないものは食べない
2022年2月は、沖縄は何十年ぶりかの雨続きだったらしい。九州生まれの私は、この年まで一度も沖縄に行ったことがなかった。
恵比寿で事業をはじめ、その後インドに行ったはずの高校の同級生が「沖縄に移住したから遊びに来てね」と連絡をくれた。彼女の人生は、人の何回分かと思うほど濃厚だ、今回は割愛する(私も把握しきれていない)。「タイミングが合えば行くね」の返信に行動力お化けの友人は、沖縄情報や宿について次々と送ってくれる。これは、行くっきゃない…。数年ぶりに飛行機のチケットをとり、自分の逃げ道をふさいだ。友人からはすぐに旅のしおりが送られてきた(笑)
那覇からバスで1時間半、名護バスターミナルで友人と落ちあう。車でおすすめのビーチや地元の野菜が食べられるお店など案内してくれた。
友人が畑を借りているというお父さん、お母さんの家でお茶をした。畑をにある野草や野菜を教えてもらったが、どれがなんだか皆目見当がつかない。「見分けられるようになったらかっこいいよね…」友人と足元の草という草を見て回った。
「これで4年目よ」と見せてもらったのは、ほっそりしたある植物。みかんと桃だという”それ”は、数年物の苗木だった。「私、40代のうちにみかん食べられるようになるかなあ…」これから畑をつくる友人が、ぽろっと漏らした一言に笑ってしまった。畑の肥料に対する考えや、植物を植える並び、いつ植えるのかなど、とにかく知識や経験の宝庫で聞いているだけでも楽しかった。
「数年前までクーラーなんか要らなかったのよ。ある日、突然、風がピタッと止まったの」これだけのどかな場所でも地球の異変がおこっているんだなと怖くなった。
夕方からは”仙人”のような方にお世話になった。山奥で時給自走の生活を送っている美術家だ。仙人とその同級性や仲間の方たちと一緒に、大豆の仕分けをしたり、豆腐やおからをつくった。コーヒーの種を取ってコーヒー豆にする処理も手伝った。「甘いから食べてみな」といわれたコーヒーの実と皮は、確かにさわやかな甘い香りと味がした。毎日飲んでいるものなのに、その実態や工程は全く知らないことに気づかされた。
夜は囲炉裏を囲んで、薪をくべて宴会。方言は聞き取れない。でも、小学生のころ田舎で親戚が集まって、他愛もない話をしている、あの夏休みにタイムスリップした気分だった。
仙人の焼いた器に、庭で取れた葉を飾り、その上に料理が並んでいる。沖縄の魚はとても色が鮮やかで、白身が多い、ぷりぷりとした歯ごたえでおいしい。日中、一生懸命絞った大豆はその場で豆腐と豆乳になり、身体を芯から温めてくれた。にがりも汲んできたものらしい。沖縄といえばモズクの天ぷら。それから芋を揚げて塩をかけたものはポテトチップスのようで酒のあてに最高。沖縄の塩は粉のようで優しいけれどしっかりとした塩味がある。既製品はひとつとしてない、どれも自然のもの。
知人から送られてきたという鹿肉を味噌につけたとのことで、囲炉裏で焼いていただいた。鉄分がたっぷりで柔らかくレバーのような味。生き物をいただくとはこういうことだなあと、心で味わった。仙人は、一口食べただけだった、肉は食べない主義らしい。「なんで肉を食べないんですか」とたずねると「肉は自分で獲れる自信がないから」感謝の気持で一口はいただくけれど、と。自分の人生やものの見方が崩れて生まれ変わったような、衝撃的な言葉だった。考えや行動の一つ一つが、仙人の”主義”のようで、ただそれは押し付けではなくて個の中にしっかりあるような凛としたものに見えた。
一晩中、池のカエルがコロコロ鳴いていた。いくつかある池の土を使って陶器をつくるそうだ。蛙のコロコロ、雨のさぁさぁ、焚火のぱちぱち、静かな夜だけれど暖かい中で心地よく眠った。
仙人は、朝から忙しい。昨夜の残りの刺身やもずくをみそ汁にして、パンに卵を挟んで、コーヒーと一緒に出してくれた。コーヒーは、煮だした麦茶のような自然な味だった。仙人とその相棒は朝から「コーヒーの処理の仕方を実験的に変えてみよう」という話し合いをしていて、まるで研究員のようだった。それから海に行かないといけないからと、電気を切ることを忘れないようにと言い残し出かけて行った。
2日間で自分の世界がガラッと変わった。会話の中に「生きること」の哲学やエッセンスがふんだんに盛り込まれていた。仙人やその仲間は、詳しくはいわないが、博学で知恵や経験を持っている、言わなくても会話からにじみ出ている、だから面白い。
「何をしてきたかは関係ない、気にしない。大切なのはその人自身」と見透かされたようなことを言われた。私は、何も話せることがなくて急に空っぽになった気持にもなった。
なぜお金が必要なのか、不安だからだ。お金は大切だし、なんでもお金で変えられる世界にいれば安心材料になる。でも、生きる知恵や経験があれば強くなれる。私は、これまで自分で生きているようで、そうじゃなかったのかもしれない。昔は、田舎でつくしを取ってきて食べたり、庭で野菜を育て、川で魚を釣っていた、祖父に教えてもらったあれはどこにいってしまったんだろう。
5月はもずくを採りに行くよと仙人の相棒に言われた。友人は早速、次回の宿泊先や計画を送ってくれた(笑)
運転免許とらないとな…、三線の体験レッスンに申し込もう、野草の一つでも見分けられるようになりたいな、と。私は「やりたいこと」が降ってきて止まらないのだ。