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冴えないおまえは今すぐ独裁者になれ

自分が一番えらい空間はどこだ?


 人間は社会的動物というが社会にいる限り最も偉くなることがない読者諸賢の生存圏は今や窒息寸前であろう。どこへ行こうにも顔色を伺い、電車で肩が当たらないよう気を使い、やっと帰ってきても、これこそが生存圏の窒息寸前状態だ。
 かろうじて自分の部屋があったとして、そこに何がある? 書籍が数冊か、パソコンか、捨てるタイミングを見失ったものか、寝床か、そのくらいだろうか。だがそこだけが自分が最も偉い場所なのだとしたらおまえはどうする? 孤独で小さきものをあと何年そこでやるかを考えるか? それは健康に良くないと思うからやめた方がいいと俺は思う。悲観的な思いはやめてそこはおまえに残された最後の領地であり、広がる可能性を持つ種たる領土だと思え。自分には自分の領土がある。そう思えば少しは前を見れる。

占領面積イコール自分の自由

 前を見たおまえは思うだろう、自分が歩ける面積は何センチ×何センチだ? と。自由とは自分の意思で動き回れる面積に由来する。ドアから寝床まで一直線、横道はトイレとシャワーくらいならそれがおまえの全てだ。まずは拡張工事をすべきだ。捨てる、捨てる、しまう、捨てる、そう繰り返していくうちに少しずつ歩ける面積が増えていく。よかったな、自由が増えていっているぞ。自分の部屋の可処分面積、空間が最大になったとき、次はこう思うだろう。この空間をどうしようか? と。しかしそれは早計だ。今や立派な開拓者たるおまえは窓があれば窓を、エアコンがあればエアコンを、トイレや風呂も掃除できる戦士、カビと汚れにハイターのなんたるかを教えてやれるパワーが宿った本物の戦士だ。やっちまえ。

人間はエンドコンテンツ

 広い空間、つまり自由を得て僅かに窒息状態から脱しつつあると人間は孤独感を覚えるらしい。パーティーでもやりたい気分になれたかも知れないがそれは孤独感の根本的な解決へ至らないし、おまえを何一つ強くしない。人間は最後、エンドコンテンツなんだ。まずは何も無いを噛み締めろ、自由の味だ。そして内なる独裁者の芽吹きを待て。

統治者と被統治者

 おまえを制約するゴミ袋や汚れが無くなったとき、おまえを陰から支配していた統治者はいなくなった。今やおまえこそが統治者であり、独裁者だ。自分で好きに決めて実行できる。つまりそのすっからかんの部屋に新たな統治者が登場する前に被統治者を入れることができるんだ。参考までに俺は水槽を買いアクアリウムを初めて、そこから水耕栽培を始めた。魚と植物は俺が寝ている間に死ぬことはあっても俺の首を絞めには来ないからな。普段、植物というものがその辺にあっても何一つ変化に気がつくタイミングは無いが条件を整えた上で栽培を開始するとログインボーナスくらいの速度で変化していく植物を見ることができる。重要なのは自分が作った条件環境が植物へ反映されてリアクションを取れることだ。自分が先、植物が後、これが統治者と被統治者の関係性だ。植物より遅いならそれは植物がおまえの主人だ。

独裁者たるもの、

バジルの本葉が出てきたので水槽から切り離し、エアレーションと添加を行っている。

 独裁者は被統治者より賢くなければならない。魚を飼育するにしても水質、温度、水流、pH、アンモニア、NO3-、バクテリア、様々な要因が30cm水槽の中に生じている。これらを管理するには無知ではいけない。同様に植物にしても「なぜ根腐れ現象が起きるか?」に対して「水中の酸素を植物が光合成の過程で使い切り、酸素が補給できず窒息して細胞が代謝活動できずに死滅しつつあるからだ」と理解できなければ植物は独裁者の無知によって枯れて死ぬ。独裁者、統治者は被統治者たちの生命に責任がある。よって、独裁者は無知ではいられない。

独裁者暇なし

 朝、起きたら窓を開け換気をしつつ天候を見て光合成用の補助LEDライトを使うか判断する。水質検査キットで水槽環境を確認して記録をつけて餌をやり、食いつきで体調を観察しつつひと段落したところでエアレーションのスイッチを入れる。当然、自分の世話もしなければならない。何かトラブルがあれば早急に対処、解決するなりしなければならないだろう。
 この朝とこれらが無い朝を思い出し、比較してほしい。どちらの方が自分が活動していると感じることができるか? 大切なのは自分で決めたことを活動しているか、誰かが決めたことに活動させられているか、この違いだ。無論、独裁者であれば前者でなければならない。どちらも暇なしには違いないがどちらの暇なしを自分で選ぶか、それが独裁者だ。

俺は独裁者だ

 俺は一年半ほどDiscordサーバーの独裁者を続けている。最近は俺がガスパチョを作り国民達へ作るよう勧めて国民たちの間で様々なレシピ変化が始まっている。水耕栽培だってそうだ。
 俺は俺が始められる範囲のことを自分で初めて自分で管理できる範囲に留めて生きている。この範囲が俺の領地であり、この範囲の中では俺が独裁者であれるからだ。ダメな時だってある、俺が起き上がれない、朝起きたら魚が死んでいた、そんな日もある。それでも独裁者でない自分よりは領地と被統治者を有する独裁者である気分がいい。気分がいい、ということは大切だ。誰かのいうことを聞きに起きて出かけるだけか、自分が決めて自分が始めたことを行いそれから次へ行くかでは大違いの朝だろう。

 冴えないおまえは今すぐ独裁者の朝を手に入れろ。手段は書いた。独裁者になれ。

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