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『資本主義の家の管理人』~市場化した社会を癒す希望のマネジメント 第5回 第二章 企業活動の全体像 

第二章 企業活動の全体像 ~利益は何のために



<本章の内容>
この章では、企業活動の全体像と利益の意味について詳しく解説しています。企業の利益が何のために存在するのか、その本質的な価値について深く掘り下げています。



「我々は、株式の公開ではなく、目的に向かって進んでいる。自然から抽出した価値を投資家の富に変えるのではなく、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守ることに活用するのだ」 

(イヴォン・シュイナード、パタゴニア社の創業者)

1.企業活動の入口と出口

大阪にある株式会社金剛組は、聖徳太子が招聘した宮大工によって西暦578年に創業され、1,400年以上の歴史を持つ世界で最も古い会社とされています。

江戸時代には、三井組や小野組など、会社制度の先駆けといえる共同企業が存在していましたが、これらは現在の会社よりも家族的な結社の色合いが濃いものでした。

日本の株式会社の嚆矢とされるのは、坂本龍馬が1865年に長崎で設立した亀山社中です。亀山社中は貿易会社と政治組織を兼ねた結社で、倒幕を目的に薩摩藩や豪商から資金を集め、外国商館から銃器や軍艦を購入するなど、薩長同盟の締結と明治維新に大きな役割を果たしました。亀山社中の事業はその後、海援隊、三菱商会、日本郵船へと引き継がれ、三菱財閥の発展の礎となりました。

1602年に設立されたオランダ東インド会社は、アジアとの香辛料貿易を独占したことによって得た富により、オランダを一大海上帝国へと押し上げました。同社は商人や銀行家など多数の出資者が存在し、出資者の有限責任と株式譲渡の自由を特徴とする点で、世界初の株式会社と見なされています。

「Company(会社)」の語源は、ラテン語の「com(共に、一緒に)」と「panis(パンを食べる)」が合わさったもので、元々は「一緒にパンを食べる仲間」という意味でした。また、英語の「Society(社会)」の語源は「Societas」で、これはラテン語で会社を意味します。会社も社会も元々同じものを指しているのです。

亀山社中もオランダ東インド会社も、複数の出資者から資金を調達し、事業のリスクを分散して、成功した際の利益を出資者に分配するという仕組みで始まりました。この仕組みは現在の会社にも共通しています。会社は資金を集め、資本を活用して生産を行い、生産物を販売して利益を上げ、その利益を出資者に分配するという基本的な仕組みを持っています。

この仕組みを図で示すと以下のようになります。

会社の仕組み(筆者作成)

会社は、集めた資金で資産を購入し、その資産を資本として活用し生産活動を行い、生産した商品やサービスを販売して利潤を得るという仕組みで成り立っています。この基本的な会社の仕組みについては誰も異論はないでしょう。会社は商品やサービスを作り、それを売って利益を得るために存在しています。だからこそ、頑張って働いて売上と利益を増やして、さらに豊かになろうとするのです。多くの人がイメージする会社はこのようなものだと思います。

しかし、これは会社が利潤を手にするプロセスを示しているだけで、会社の全体像を表しているわけではありません。会社を正しくマネジメントするには、会社の全体像を把握することが必要です。

この会社の仕組みから抜け落ちているものは何でしょうか。それは、企業活動の入口と出口、そして会社の外にある資本です。

亀山社中もオランダ東インド会社も、設立の明確な目的がありました。亀山社中であれば、幕府を倒して新しい日本を創ること、オランダ東インド会社であれば、東アジアとの貿易を独占して国力を高めることや、香辛料で西洋の食文化を豊かにすることなどです。資金や人を集めて活動を開始するのは、そこに何かの目的があるからです。これが企業活動の「入口」に当たるものです。

多くの人が会社の目的は利潤を上げることだと考えていますが、そうではありません。利潤は会社が目的を達成するための手段であり、入口で掲げた「目指す世界」を実現するために会社は利潤を必要とするのです。会社が頑張って売上を伸ばし利益を上げようとするのはそのためです。そして、目的のために利潤を使うこと、つまり投資が企業活動の「出口」となります。

この、入口と出口を含む企業活動の全体像を図にすると、以下のようになります。

企業活動の全体像(筆者作成)

利潤を上げる活動は、この図の「会社の仕組み」の部分に該当します。売上や利益を目標とすることに虚しさを感じるのは、それが「会社の仕組み」の中でただぐるぐると循環しているだけだからです。

もちろん、利潤は投資以外にも使われます。まず「消費」です。消費とは、活動を維持するために必要なカロリーの補給に例えられます。具体的には、原材料の調達、給与や福利厚生、必要な設備の更新、その他、会社が活動を維持するために必要なコストを指します。

次に「返済」があります。返済とは、借入金の元本返済や金利の支払い、株主への配当、税金の支払いなど、負債や資本の調達に伴うコストの負担分を指します。

そして「貯蓄」です。貯蓄とは、稼いだ利益を積み上げたもので、内部留保(貸借対照表上の利益準備金)に相当します。利益の一部を貯蓄しておくことで、企業は不慮の事態に対応することができます。

これらの必要な手当を行った後に残ったものが、投資に回ります。投資は「目指す世界」を実現するために必要な資本の強化に充てられます。会社の売上を2倍にしたいなら、生産設備や人材や他社の買収に、社員の生活を豊かにしたいなら給与に、企業は利潤を投資します。そして大事なのは、企業活動に使われる資本は社内の資本だけではない、ということです。

企業活動の全体像を示す図の右側には、外部の資本として「社会資本」と「自然資本」が配置されています。社会資本とは、法律、福祉、教育、治安、電気や水道、地域社会、家庭、そして社会を構成する人々の信頼関係などを指します。自然資本とは、水や空気、太陽の光、動植物、地下資源、森林資源、海洋資源、自然環境や生態系などです。企業は、これらの社外にある資本や所有していない資本も活用して活動しています。会社の資本というと社内ばかりに目が向きがちですが、こうした社外の資本がやせ細れば、企業の活動も停滞します。そのため、投資はすべての資本を視野に入れてバランスよく行われなければなりません。

何に投資するかは、自分たちがどんな世界を目指しているのか、その世界にはどんな資本が必要かという視点で決まります。教育が問題ならより良い教育の実現に、過疎化が問題なら地域社会のインフラに、自然を守ることが大事だと考えるなら自然保護に投資します。目指す世界が必要とする資本を強化するために、企業は頑張って稼ぎ、その利潤を投資するのです。

経済の金融化と社会の市場化が進んだ現代社会では、社会の頂点に投資家がいます。投資家のために稼ぐことが経営者の責任となり、多くの会社は入口と出口を見失ってしまいました。それを証明するのが企業の巨額の内部留保です。

日本の大企業の内部留保は11年連続で増加しており、その額は2023年には520兆円を超えたと言われています。この内部留保は、日本全体のGDPに匹敵する金額であり、本来は各企業が目指す世界に向けて投資されるべきものです。しかし、使われない内部留保は株主の資金を遊ばせているとして機関投資家の絶好の標的となり、自社株買いや配当の増額を求められ、株主に吸い上げられていきます。

もしこのお金が各社の目指す世界に向けて投資されれば、社会はもっと活性化します。そうした活動を支持する人々が顧客となり、企業も繁栄します。株価が上がっても企業にはお金は入りませんが、顧客の購入による収益はすべて企業に入ってきます。こうしてダイナミックな資金の循環を創り出すことが、本来の企業活動なのです。

会社は、株主の利益のためにぐるぐると高速回転を繰り返すハムスターの回し車のように見えるかもしれませんが、これは決して本来の会社の姿ではありません。

冒頭に紹介した米国パタゴニア社(Patagonia, Inc.)の創業者イヴォン・シュイナードの言葉は、この企業活動の全体像を端的に伝えるものです。

パタゴニアは、自然保護活動に注力するカリフォルニア州に本社を置くアウトドア用品の販売会社ですが、彼らは製品の製造過程でリサイクル素材を使用し、化学薬品の使用を減らすなど、環境への影響を最小限に抑える努力をしています。

1985年以降は毎年、売上の1%を自然保護に投資し続けており、2022年には創業者と家族の保有する同社の株式30億ドルのすべてを、自身で設立した環境保護のための非営利団体に無償で寄贈しました。

シュイナードにとって、企業活動の入口は「地球を守ること」です。自社の活動と製品はそのための手段であり、獲得した利潤は自然保護という出口に向けて投資されます。そうした理念に共感する社員が集まり、その活動を応援する顧客が会社を支えているのです。

会社は目指す世界に近づくための一つの社会的な活動体であると言ってよいでしょう。そのために会社は、社外の資本も活用して活動しています。語源からも分かるように、会社は、目指す世界の実現に向けて一緒にパンを食べる仲間が集まり、必死に働いて利潤を獲得し、その利潤を投資し続ける「社会(Società)」なのです。

2.資源、資産、資本の関係とマネジメント

資本を使って生産し、利潤を上げる会社の「仕組み」をもう少し詳しく見てみましょう。

会社の資本には、設備や機械、原材料や製品、土地や建物などの「物的資本」、預金や現金、売掛金や有価証券などの「財務資本」、営業権や商標権、特許権などの「知的資本」、そして個人としての「人的資本」とその集合体である「組織資本」があります。生産活動はこれらの資本が相互に関連して行われ、それによって商品やサービスが作り出されています。
これらの資本のうち、人的資本と組織資本は他の資本に働きかける特殊な機能を担っています。人的資本と組織資本は動的・有機的な資本ですが、それ以外の資本は静的・無機的な資本であり、人や組織が働きかけなければ生産を行うことはできません。

資本の種類とそれぞれの関係(筆者作成)

これらの資本を効果的につないで生産活動を行うのがマネジメントの役割です。資本の性質上、人的資本と組織資本がなければ他の資本は機能しないため、マネジメントの最も重要な仕事は人と組織を最適化することになります。

資本(Capital)は生産活動に投下される生産要素です。資本とは、資産(Asset)が生産活動に投下できるようになった状態のものであり、何もせずに最初から資本であるわけではありません。資産もただ所有しているだけでは価値を生まず、人間が手入れをすることによって資本に変わります。工場の生産設備として購入した機械は資産ですが、それを人間が適切にレイアウトし、メンテナンス作業を行うことで資本になります。大学を出て入社したばかりの新人社員は資産ですが、教育して知識や経験を積ませることで、他の資本に作用する人的資本になります。

資産とは、資源(Resource)の中から企業が自社の活動の目的に応じて選択したものを言います。資源は、世界に存在する有形無形のあらゆるものであり、人間が作り出した人工資源もあれば、自然の恵みである天然資源もあります。原油や鉄鉱石は資源ですが、それらを資産として必要とするのは石油精製会社であり、鉄鋼会社です。IT企業やアパレル企業が必要とするのは人的資源であって、原油や鉄鉱石ではありません。会社は、自社の活動に相応しいものを資源の中から選択して資産とします。

この「資源の選択」、「資産の手入れ」、「資本の活用」という一連のプロセスを担うのがマネジメントです。人的資本に関して言えば、資源の選択にあたるのが「採用」であり、資産の手入れにあたるのが「教育」、資本の活用にあたるのが「適材適所の配置」です。

この流れを図に示すと、以下のようになります。

資源・資産・資本(筆者作成)

このようにして、会社は入口と出口の間で資本を活用して生産活動を行っています。一生懸命働いて利潤を獲得し、目指す世界に近づくためにその利潤を投資し続けています。これが企業活動の全体像です。

会社は決して「ハムスターの回し車」ではないのです。

★ 希望のマネジメント  

第3条 「利益を手段にする」


<本章のまとめ>

  • 企業活動には、目指すべき世界という入口と、その実現に向けた投資という出口がある。

  • 利益は企業にとって目的ではなく、目指すべき世界の実現に必要な手段である。

  • 企業は社会や自然の資本も活用して活動している。これらの資本が劣化すれば、企業の活動も衰退する。

  • 企業の内部留保が積み上がっているのは、利益の目的である目指すべき世界を見失っているからである。

  • 企業は、入口と出口の間でダイナミックな資金の循環を行っている。

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