【適応障害】誕生日

今日は自分の誕生日でした。いいおじさん、そうとうにいいおじさんなのでおめでたいと言うよりも
〇〇歳もなって、、、とか〇〇歳になるのにまだ、、、とか足枷とかプレッシャーを感じることが増えてきています。最近、会社に新卒が入って入ってきましたが年齢的には倍近いですからね、当然の状況といえば当然のように思います。
そんな歳になったので管理職1歩手前になって、出来ていないといけないことが仕事としてたくさん降ってきて、周りには仕事ができる人も沢山いて、でも追いつけてない自分がいて、体調を崩して、、、、年明けから三、四か月はそんな感じで決していい期間だったとはいえないものでした。
上に上がるためにはこれが必要なんだ!とかこれが出来ないと!!というのは期待の表れかもしれません。また、自分でも勉強して出来ることを増やしたり、資格を取得したり、今は上の資格を目指していたりも地道ながらしてはいるので前に進んでいるとは思います。
それでも、聞かれたこと頼まれた仕事に応えられないと精神的にも凹みますし、自分の成長度合いもその1歩1歩があまりに歩幅が狭いので頑張ってるのにこんなものなのか、とこれはこれで凹みます。
これって何でだろうと思ったのですが年齢的に言うのが恥ずかしいのですが、「むちゃくちゃ褒められたい」のだと思います。歳を重ねるとやった事に対してほめられることって少なくなりますよね。僕も年上の人に対して「凄いですね!」って言ってないかもしれないです。でも、小さなことでもちょっとしたことでも、自分は褒めて欲しい。っていう勝手な気持ちなんでしょうね。
だからと言って明日から僕の事をほんの少しでもなにか見つけたら大絶賛してください!!とは言えないです、これも恥ずかしくて。書いてみて初めて分かりますけどとんでもなく身勝手な感情ですね(笑)
とすると出来ることは今まで通り、自分自身は黙って1歩1歩自分なりに頑張って進んでいくことを続けようと思います。そして、新しくできることとして、相手が誰であろうと凄いな、素晴らしい!と思ったら褒める、賞賛をしようと思います。それが自分に返って来ることはきっとないんだろうけど、それを期待するんじゃなくて自分の「褒められたい!」って気持ちを相手を褒める、認めることで埋まるのではないかな?という効果を期待して。
頭に戻りますが、病に罹りながら、薬をのみながらでも少しでも頑張れていて会社に行けていて、仕事ができているのであれば、まあまあな誕生日なのかなと思います。また、1年ゆっくりゆっくり歩いてみて、来年は今日よりまた少しでも良い状況になっているように。




いいなと思ったら応援しよう!