人は変えられなくても、自分は変えられる
誰もが一度は聞くような言葉を、私も何度か聞いてはその都度「変えたいのは自分じゃないんだよなぁ。あいつなんだよ」とため息をついていた。だって、自分は悪くない。悪いのはあっち。でも今ならわかる、変えるのは自分だよ。自分を変えると、最高にハッピーになる。そんな話をしてみたいと思う。
どうして突然そんな話をしたくなったのかと言うと、今日はGW!そして良いお天気なのに家にいるからです。こんな最高の日に家にいるなら、何か爪痕残さないと勿体無くない?私はここに生きてるよ!って。だから、大好きなキーコーヒーのインスタントコーヒーを飲みながら書く。
誰かの役に立つようなお話であればいいけど、それよりも私の役に立ちたいお話しです。20年くらい前の私に届け!タイムマシンどこ?この文章を届けて、私に!!まぁ、普通に無理だろうから、私の意識だけ飛ばします。過去に。何かの運命の悪戯でここに辿り着いたあなた、よかったら、お話聞いていって。
私はいわゆる不登校だった。いじめられてなかったと思いたいけど、トイレに上履き投げられたりもした記憶もあるのでその辺はどうかわからない。まぁ、幼少時のことなんでね、よく覚えてない。私も生意気な子供だったんでしょう。知らないけど。ただ、このとき親を泣かせまくったから、落ちこぼれの私は「普通の人間になりたい」と強く思ったんだ。なんなら「早く人間になりたい」くらいの気持ちだった。もはやベムは友達。
小中は完全に詰んでた。だから、高校でやり直そうと思った。定時制だったけど、毎日通った。学校以外の時間はバイト。バブルの時期じゃなかったけど、今より稼いでた。これぞ、順風満帆の人生だと思った。このまま高卒資格を取れば、人生リカバリできるんじゃないかって。恋もしてたし、青春って感じだったな。人生そんな甘くなかったけど。
突然、倒れた。「あと少しで手遅れでした」というお医者さんの言葉に、ドラマ以外でもこんなセリフ使うんだなと思ったことをよく覚えてる。そこから10年以上闘病生活したけど、そこは割愛する。今、どうでもいいところだから。闘病期間は完全な人生のロスタイムだった。命があるのは良い。でも、また他の人に置いて行かれた。「普通の人」になりたい気持ちだけがまた育っていった。
闘病期間に学校には通えなくて、何年も休学してから中退した。そもそも、10年の時を経てやり直すような元気はなかった。体もついて行かなかったし。内臓一つ全摘すれば、なにかしら影響は出るものだよね。それでも、生きていけるのだから医学ってすごい。余談だけど輸血したら、魚好きだった私がお肉好きになった。どこかにいるお肉好きな人の献血のおかげで私は生きてます!ありがとう、お肉が好きな人!ありがとう、お肉!
そこからは持病と高校中退という荷物を抱えての就活が始まった。今のご時世、大体高校中退で門前払い。上手くいっても持病でレッドカード。企業は良質な歯車を求めている。私もまた正社員の仕事を求めていた。だって正社員で勤めるのが「普通」だから。私は普通でなくてはいけなかった。親の愛に報いるために。それだけは譲れない条件だった。
その後、紆余曲折があり、なんとか滑り込んだのが東京本社の大企業。その田舎の営業所。高校中退の私がなぜ入り込めたのかと思うほど、待遇も良く、念願の正社員で、私はようやく「普通の人」になれたのだとも思った。ボーナスなかったし、みなし残業たるブラックシステムがあったけど手取りは多かった。これで両親を安心させることができるぞ、と。そこからは薔薇色の人生始まるかと思った。うん。お察しの通り、始まらなかったけど。
大企業といえば、ホワイトなんて幻想だよね!
もう、びっくりするくらいめちゃくちゃブラックだった。まず入社時に支給される安全靴のサイズがあってなかった。サイズ前もって伝えてたのに、買ってくれなかったの。職務怠慢!安全靴ってね、足を守るために鉄板が入ってる靴なの。工場とかで使うやつね。そのサイズが合ってないって致命的なのね、それを無理やりはかされたら3日で足の全爪剥げた。ウケる。安全靴とはなんだ?の根底を揺るがす問題。靴だけが安全に生きている。私の足は死んだ。ここでブラック確定したよね。病院に行ったら「サイズの合わない靴履かないでください」って言われて正論。ほんとそれ。仕方なくしばらくは足包帯ぐるぐる巻きにして、ゆるゆるの靴はいて仕事した。「その歩き方はなんだ!」って怒られたりしたけど、こちらとしては全爪ないので!なにかふれるだけでぞわぞわする。ずっと黒板をキーってされてる感じ。背筋にざわざわ飼ってた。歩いてるだけでも奇跡の生き物。クララと同じくらい賞賛されてもいい。今思えば。
私、鈍臭いから人の100倍頑張るって根性だけで色々乗り越えてきてたんだけど、それが私のプライドでもあったんだけど、途中から赴任した上司との相性が最悪でね!めっちゃ嫌われたし、毎日「死ね」「死ね」言われたし、明らかいじめみたいなシフト組まれて睡眠時間は毎日3時間くらいだった。朝4時に起きて家帰ったら25時とかだった。思考力とかゼロ。いつも怒鳴り散らされてて、明らかパワハラだと思ったけどICレコーダー買っても持ってない時に暴言吐かれるから全然言質取れなくて。だって、休憩時間に寝てる時呼び出されて頭寝てるのに説教タイム始まるとかずるくない?時間外にパワハラ!せめて時間内にやってくれ!いや、いま思えば言質取ろうとする前に、サクッとやめるが正解なんだけど。私にはどうしても「正社員」である必要があった。それが普通だから。正社員じゃないと、生活は成り立たない。だって、そうでしょう?
上司に怒鳴られ続けた結果、心が壊れそうになって京都の安井金比羅宮でブラック企業との縁切りをお願いしたら、私のメンタルが全壊した。何もしてなくても涙が出るようになった。これが水道だったら元栓閉めれば止まるけど、人体どこをどうしても止まらない。ゆえに休職からの退職となりました。さすが、神様やることが大胆!こんなふうに切られると思ってなかったから、びっくりしたけど。
で、ここから私の良縁タイムが始まります。悪縁を切れば良縁がやってくるというのは本当。とりあえず、リハビリを兼ねてパートのお仕事を探したのね。パートタイムの事務、いつもなら絶対見向きもしなかった求人。だって、稼げないから。手取り10万なかったら生きていけない。親の面倒も見られない。でも、リハビリだからいいかって。そのお仕事がとてもよかった。お給料は前の半分だけど、拘束時間も短く、また事務の仕事はもともとやりたかった業種だったから私にあってた。日々のルーティンをこなしながら、効率化を求めて、無駄なく働けてたと思う。大好きな文房具をたくさん触れるのもよかった。何より、誰も怒鳴らなかった。そして、ありがとうをたくさんくれる。心が癒される大好きな職場。
前職では「今日はなにを怒鳴られるんだろう」と怯えながら、ドナドナ歌って仕事に行ってたけど、今の仕事はなんのストレスもなく行ける。こんな職場初めて!
そこで数年働いてるうちに、そもそも「普通とは何?」って思い始めた。そう、思い込みが解け始めたの。周りには正社員もパートもいる。でね、どっちが正解とかもない。既婚未婚みんな自分で働き方を選んでて、その中に「正解」なんてないのね。私は「普通」であることを求めてたけど、「普通」なんてものが、そもそもなかったの。平均値なんて、ただの幻想でしかなかった。ずっと聞いてはいたのに、ようやく腹落ちした。
そこからは人生楽になった!給料安くてもね、人って生きていけるの。みんな、知ってた??手取り10万、いけるいける!余裕!!!家族も私が元気になったのと、ブラック企業から解放されたのに喜んでる。
パートだからね、先の保証はないけど、仕事失ったところで今のお給料くらいの仕事なら多分見つかるの。人生なんとかなるなる!
メンタル落ち着いたタイミングで投資を始めたりした。知らないことを知ると世界が広がるから楽しいよね。投資ってお金持ちがやるものだと思ってない?私は思ってた。でも反対!お金ない人こそやるべき!もちろん、生活防衛費を確保した上で、自分のリスク許容範囲内でやるというのが前提だけど。
それからね、YouTubeで動画撮ってみたりもした。なんか、やってみたかったから。そうしたら、案外できちゃうの。それがバズるかどうかは別。でも、私は動画を撮ってみたかっただけなので、大成功。こんなアウトプットの方法もあるんだなと思った。
人生、やりたいことをやったもの勝ちだなと思う。特に今の時代、正社員なんてそんなこだわらなくてもいい。むしろ、パートはWワークが出来るから、場合によっては正社員より生活が安定する可能性まである。
だからね、言いたいの。10年くらい前の私に。そんなブラックさっさとやめよう。そして、インデックス投資始めよう。個別株もいいよ!君が今読んで興味ないと投げた「はじめての人のための3000円投資生活」もう一回読んで!そこから始めたらめちゃ儲かるから〜!!!
なんであの時の私証券口座作らなかったかな?!いや、理由は知ってる。高給取りゆえの傲慢さでした。私の場合は収入があればあるほど、管理が杜撰だった。常にお金が入ってくるから、浪費しても困らないしね。こんなに働いてるんだから、これくらい買っても許されるでしょう!って。それはそれで必死に生きてたんだけど。
そんなわけで、今思えばね、私がサクッと自分を変えられたらこんな苦労はしなかったんだなあと思うの。でもさ、苦労したから、辿り着いた結論でもあって。そうすると、自分が愛おしくなるよね。よく頑張ったなぁ。
最近は自分本位で生きると決めました。家族と自分を大切にする。人生を楽しむ!!!
今の夢はパートしながら、趣味で小さく起業することです。収入源はパートで確保されてるから、Wワーク分は趣味で良い。私が習ってるハンドメイド、楽しいからもっとたくさんの人に広げたいな。何か始める時って「完璧なタイミング」じゃないとダメだと思ってたの。でもさ、それも思い込み。走り出しちゃってから、なんとかするもあり!だから、多分3年もしたら起業してます。たぶん、だけどね。
これを読んでくださっている皆様、今何か心が囚われていることはありませんか?GW明け、仕事に行くのめっちゃ嫌というか、むしろドナドナレベルなら行かなくても大丈夫かも?そんな問題提起をしてみる。
人は変えられない、でも自分は変えられる。
それでは、私は週明けのお仕事にワクワクしながら、2杯目のコーヒーを楽しみつつ、趣味のハンドメイドを楽しみます。こんなにたくさん書いたのに、まだお昼前で本当に充実してる。
世界中のみんながハッピーになるといいよね。
画面越しのあなたが幸せでありますように。
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