お能「定家」
先日の「定家」はとても静かで美しい舞台でした。
あの日は台風で土砂降りだったのですが、演目が始まると共に雨も止み、「時雨には偽がなく、因縁は失われず、恐ろしげな夕べ」がその通り眼前に立ち上がってきたのには驚きました...。
今回の里女は煌めくような紅葉の着物を着ていて、紅葉こそ二人の逢瀬の証であり、内親王の眼差しの向こうにはいつも定家が居ることを想わせられました。二人にとって、互いの姿を感じられないことこそが死であり、だからこそ救われない魂であると。互いの命が絡みつき、その呪縛から逃れず二人で死にゆくことが幸福である、という恋に私まで火照るようでした。「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」と詠う内親王の心が彼らの秘めた欲望であり、罪であることをシテの小早川さんは巧妙に、静寂を持って舞うので心が散り散りになる想いでした。与謝野晶子が「道を云はず後を思はず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る」と詠うように、彼らの涙雨が降り止まない哀しみに触れたように感じます。とても閑静で、日本的な霊性を帯びた良い演目でした...。
(知人への感想を抜粋》
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