No Title,No Name(『リリカルなのは』二次創作小説・連作名『rallentando』)
シリーズ(rallentando)三部作の第二作目、カップリングは「なのフェ」です。原作は前作と同じく「リリカルなのは」です。
当作も「1ファンの活動の一環であり『原作とはいささかも関わりがない、作中の恋愛関係は原作には存在しない』ことをご理解の上(GLというテーマ含め)ご自身の判断に基づいてご高覧いただければと思います。
区切り線より下、本文です。
突き出された拳をふわりと避けて、その後ろに回りこむ。首の付け根に背中側から手刀を入れると、男が崩れ落ちた。横殴りに降られる角棒をかわして、眼前の喉仏に肘を入れる。次の男が仰向けに倒れていく。
鮮やかなその動きが、まるで踊っている様に見えて。すぐにでもそこへ駆けつけたいのに、魅入られた様に足が前に出ない。
罵声を上げながら、もうひとりが鉄パイプを振り上げた。それを目の端に捕らえた時、今度こそ私は走り出していた。
― No Title,No Name -
「ぐぁっ……」
手首をねじり上げて、男に言葉を投げつける。
「止めて下さい。」
その口が"この女(アマ)ぁ"と言いかけるのに、被せる様に続けた。
「まだ続けるつもりなんですか」
男達がよろめきながら立ち去っていくのと、彼女の目が私を捉えたのは、殆ど同時だった。少し驚いた目で"なのは"と小さく呟いた後、その唇が笑みの形に変わり、後ろでしゃがみこむ人影に振り返った。
「大丈夫ですか?……ごめんなさい、かえって怖い思いをさせちゃったかな」
「綺麗なお姉さんの立ち回りの次に、凶暴な女が出てきちゃいましたからね」
なのは、何言ってるの、と慌て出すフェイトちゃんの声を聞きながら、あっけにとられた顔で地面にしゃがみこんだままの女の人に近づいた。膝を折って視線を合わせ「これ、よかったら使って下さい」とハンカチを差し出す。
「……あ、はい!あ、ありがとうございます」
私の声に弾かれた様に、その人は立ち上がった。
駅まで送りましょうか、と気遣うフェイトちゃんに、千切れそうな位何度も手を横に振り「大丈夫ですからっ」と言葉を返す。
「絡まれただけですし。……あの、私が言うのも変ですけど、大丈夫ですか?……その……そちらの方も」
返された気遣いに二人で顔を見合わせた後、笑顔で頷いた。私達の顔を見て表情を和らげたその人は、
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて、去っていった。
「……ほんとに無茶するよね、なのはは」
「それ、フェイトちゃんに言われたくない」
私だって陸士訓練受けてるんだよ、と続けた私の不満顔に、3ヶ月の短期プログラムだけどね、と笑いながらフェイトちゃんが返す。
待ち合わせ場所のビル前の脇で、女の人があの男たち絡まれているのを見たのが今から20分ほど前だと、フェイトちゃんは私に今までの経緯を話した。
「私が待ち合わせに遅刻しちゃったのが、そもそも悪いんだけど。 三人の暴漢に、どうして一人で立ち向かっちゃうかなぁ」
「遅刻って言っても10分位だよ。それより、大丈夫だった?なのは。怪我してないよね?」
それは私の台詞だよ、と言い掛けて、私は口を噤んだ。
フェイトちゃんの唇の端から血が流れている。口の中を切ったのだろうか。拭いてあげようとバックの中に手を伸ばし、ハンカチをさっきの人に渡した事を思い出した。せめてもと伸ばした手が、途中で止まる。
笑みを浮かべたまま瞳の色を沈ませて、フェイトちゃんが話を続けたから。
「……思ったんだ」
「……うん」
「許せないとは思ったよ。女性に男三人掛かりだもの、止めなくちゃと思った。 ……でも。相手が向かって来る。その動きが見える、その一手先まで分かる。 それに素早く無駄なく、どう動くか、先んじるか。考える前に"反応"してる。それ以外に無いんだ、相手に対する時は。憎しみがある訳じゃない。空っぽなんだ、その時は」
そう言って一旦動きを止めた唇が次の言葉を続ける前に。
「私自身がそうだから、なのかな」
そう言うのを止めたくて。私は、フェイトちゃんの唇を自分の唇で塞いだ。
「っん、なの……」
これ以上聞きたくなくて、舌を深く差し入れる。口の中にある傷に舌の先が触れて、錆びた鉄の味が広がった。
「っつ!」
フェイトちゃんが微かに震えた。痛かったかな、と唇を離そうとすると、
フェイトちゃんの唇が角度を変えて、舌で私の舌を絡め取った。その背中に両手を回し、熱を口一杯に受け止めた。
「……ごめんね」
「……どうして?」
「傷の手当てが先だった、よね。」
消毒とか、治癒魔法とか、あ、ここ海鳴だから魔法はまずいよね。胸に額を押し付けたまま矢継ぎ早に言う私を見ながら、
「もう充分手当てしてもらったけど?」
悪戯っ子の様に、フェイトちゃんは笑った。
「あのね、フェイトちゃんだけじゃないよ」
「ん?」
「私だって手を上げたもの、あの人達に。 止めてって言った時、頭の中が冷え切った感じだった。だから……」
―そんな風に、笑いながら泣かないで―
「ありがとう、なのは」
そう答えるフェイトちゃんを見上げた。
紅色の瞳が優しく微笑んでいる。錆びた味は、口の中から消えていた。
「フェイトちゃん、食事の予定、変更してもいい?」
「うん、いいよ。新しいお店でも見つけたの?」
「違う。私の家に変更。」
「なのはの手料理を食べられるなら大歓迎です」
「作るけど、その前に傷の手当て!」
えー、と不満げに声を上げるフェイトちゃんの手を少し強く引っ張る。
「そのままだと沁みて食べられないでしょ、晩ご飯」
「はーい。分かりました、教導官殿」
「分かればよろしい。防御マイナス1の執務官殿」
二人で顔を見合わせて笑った。
とりあえず買い物しよ、食材と薬。そう言いかけて見上げた空は、青が淡く褪めて、天蓋に淡い半月が浮かんでいた。中学を卒業してミッドチルダで局員の仕事に専念する、最初の年の最初の帰省。想いを深く刻みながら、まだそれに名前を付けられない。16歳の夏の始め、夕暮れに少し早い空を見上げながら、帰り道を二人で歩いた。
【Epilogue】
声を掛けようとしたその人は、ソファーではなく窓辺に佇んでいた。見上げている空は昼から夕方に変わる前の淡い青色。空高く、二つの半月が淡く光っている。光と呼び合う様な金色の髪が月に攫われてしまいそうで。
―ぽふっ―
少し湿った髪にタオルを被せた。
「……なのは、ヴィヴィオはもう寝たの?」
「お部屋で勉強中です。子供扱いしてると、また怒られるよ。 髪、まだ濡れてるよ。ちゃんと拭かなかったでしょ、フェイトちゃん」
「これ位なら、このままでも乾くかなって思ったんだけど」
思った通りの答えに小さく溜息を付いて、タオルでその髪を拭う。
「日が暮れる前でも、月は見えるんだね」
綺麗だ、と言葉を紡ぐ唇は、お風呂上りでいつもより紅くて、その鮮やかさに目が離せなくなりそうで。髪を拭く手を早めながら聞いてみた。
「ねえ、フェイトちゃん。この空、見覚えは無い?」
「えーと……」
覚えていないんでしょ、と言おうとして。
「……ああ、海鳴の夏の空に似てるね」
フェイトちゃんの答えに先を越された。
レモネードを二つのグラスに注いで、ひとつを手渡す。
「ありがとう。冷たい方が嬉しい季節になったね、もう」
なのはのお手製なら余計に、なんて続けるから、私は返事をしないまま、黙ってその肩に頭を乗せた。
今の想いはあの頃より静かだけれど、あの頃よりも深くて。二つの月の淡い光に似ている。
ミッドで迎える12回めの夏が、グラスの向こうで静かに揺れた。
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