忍ぶ哀しみは海よりも深く「君看よ双眼の色」featureing『鶴のうた』
白隠禅師の言葉と言われ、良寬が好んで記し、五木寛之が小説で取り上げた「君看よ双眼の色」。「語らざれば憂い無しに似たり」と続きます。以下はNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」で緊急特盤としてリリースされた『鶴の歌』(小野政次追悼盤)の付属ブックレットより。『槐安国語』からの漢詩が元になっているようです。小野政次役の高橋一生さんの朗読が、聴く者の胸に静かに染み渡り、その心を揺さぶる「一曲」(BGM有朗読)です。
以下、読み下し文の簡便な現代語訳を我流ながら。
百尺竿頭進一歩
百尺竿灯に一歩を進む
百尺竿頭=長い修行で至った悟りの極地。
その状況より「さらに一歩、歩を進めよ」、現状に甘んじず常向上を目指せ、という感じの意味合いですね。以下、このような抄訳を「である体」にて記していきます。
春色無高下
春色《しゅんしょく》高下《こうげ》無く
春の日差しは、その上下に関わりなく公平に降り注ぐ。
花枝自短長
花枝(かし)自(おの)ずから短長(たんちょう)
花枝には長短あり、高き低き、下咲き遅咲きがあり、その陽ざしの受けかたには大きな違いがあり一様ではない。
応無所住 而生其心
応《まさ》に住する所無くして
其の心を生ずべし
こころが一つの所に住しなければ、捉われない自由な心でいられる。
心が動きたいように動きながら、とらわれないことが大切で、そうあれば、少々の問題に当たっても、臨機応変に自在なはたらきが出来る。
掬水月在手 弄花香満衣
水を掬すれば月 手に在り
花を弄すれば香は衣に満つ
川面に両手を入れて、その水をすくって見ると、そこに月が映る。
花をかざし弄べば、衣服いっぱいに花の香りがしみこむ。
吾心似秋月、碧潭清皎潔
吾が心秋月に似たり
碧潭清うして皎潔たり
自分の心は、まるで中秋の明月が、碧く澄んだ池に映っているように清らかである。
古人刻苦光明必盛大也
古人刻苦、光明必ず盛大なり
古の大成者は皆自らに厳しく律し、労苦を惜しまず努力し、その労苦から生み出された光は、必ず盛大であったという。
林下十年夢湖邊一笑新
林下十年の夢
湖辺一笑新たなり
山林の中で十年間もの間修行をして、ついに悟りを得ることができた。湖のほとりに立って大笑いしている。
心随万境転 転処実能幽
心は万境に随って転ず
転処実に能(よ)く幽なり
水の流れは止まることなく、何の計らいも執われもない。
随流認得性 無喜亦無憂
流れに随って性(しょう)を認得すれば
喜もなくまた憂いもなし
そのように自由無心であれば、さまざまな万境の変化にもまた、
己を見失ったり、他に引きずり回されるということはない。
君看双眼色、不語似無憂
君看よ双眼の色 語らざれば憂い無きに似たり
目を見なさい。何も言わなければ憂いがないようにみえるだろう。
※語れないほどの深い悲しみがあるからこそ、その瞳は澄みわたり光り輝いているのだ
『君看よ双眼の色』が白隠禅師の喝であると言われています※
今回の記事を作成するにあたって、下記のサイトさまの御解説を参考にいたしました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。
なお、この有名な漢詩については、上記サイトさまをはじめネット上での情報も豊富にある模様です。筆者は勉強中の身であり、ご質問等にお答えする知識が胡乱です💦備忘録メモであることを、何卒ご理解賜りたく存じます(内容の正誤に対するご指摘も御心にお留めくださいますよう、伏してお願い申し上げます)。
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