本物のあそびというものは。【第5回】 私立古賀裕人文学祭】参加記事
お題が「第一座右の銘」とのこと。以下、文脈の中で私なりの捉え方をしていきたいと思います。本文、「である調」にて綴ります。
遊びというものに対して抱く印象。それは年齢と共に変化してきた。若い頃、学生時代~新社会人と呼ばれる時代は「遊ぶ=不真面目・不謹慎」というマイナスイメージが強かった。それが変化したのは、とある言葉に出会ってからだ。
その言葉に出会ったのは、とある漫画・コミックスだった。柔らかい雰囲気ながら、どこか硬質なものを持つ作品の世界観、その風に吹かれるように、その言葉は読んでいた私の頬を撫で、目の端に引っかかって取れないものとなったのだ。
今様と呼ばれる後白河の(当時の)現代歌謡。大いなる伝統から背を向け、独自の世界を築こうと模索した彼ならではの感性が、そこにはあるような気がする。理屈はさておき、この言葉たちの心地よい響きは、他には見られぬものだろう。
思えば「あそびのない」道具は案外と脆い。力を分散するためにも、ショック吸収のためにも、ただ張り詰めるのではなく、あそびというものが、何かを設計組み立てる際には必要だ。それは人のありかたに重なるのではなかろうか。
以下(先に挙げた今様が第一座右の銘ならば)、第二座右の銘として、先の続きを挙げてみたい。
私もつい動かずにはいられないのだ。例えば今、古賀コンの末席に加わらんとして、拙い筆を進めているが如くに。
拙稿題名:本物のあそびというものは。
総字数:604字
初参加、拙いですが。よろしくお願い申し上げます。
#古賀コン5
#古賀コン
#私立古賀裕人文学祭
#第一座右の銘
#お題で書いてみた
#コンテスト
#ほぼ毎日note
#MicrosoftCopilot
#AIアート
#AIとやってみた
#古賀裕人さん
<©2024春永睦月 この文章は著作権によって守られています。AI画像はフリー素材ではありません。無断使用及び転載等はお断りいたします〉
(©2024 HarunagaMutsuki This text are protected by copyrigh.
AI images are not free materials, unauthorized use or reproduction is prohibited.)