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忘れられた孤独

考えてみれば、それぞれが何らかの逆境を持っているのだ。(中略)そういう者同士が寄り添って、思いの内を語れば、そこに小さなしあわせが生まれることだってある。(灰谷健次郎「海の図」より)

昨夜から鹿児島に帰省して、実家では久しぶりのお正月を過ごしています。久しぶりというのは、会社勤めをしていた20代の頃以来で、15年ぶりくらい。もうすぐ11歳になる息子は冬に鹿児島に来るのは初めてで、とても嬉しそうです。

私か卒業した地元の高校と、大阪の大学から同窓会の連絡が実家に届いているのを見せてもらいました(毎年来ているらしい)。
高校の方の母校で私が愛着を持っていたのは音楽部のみで、学校自体は在校時より嫌悪しており、卒業後27年たついま、もうどうでもいい存在になっています。
大学の方の母校には、とても思い入れがあります。いま私が「アフリカキカク」としてやっていることの原点は、大学進学で大阪へ行った頃に始まっています。その頃の生活環境へ戻ってしまう夢を、10年くらい前まではたまに見ていたような気がしますが、それでも、あの頃に戻るというのは怖い体験(夢でも)でした。
私は、過去に戻ることを、怖いことだと感じているようです。
その夢も、そういえば最近は、すっかり見なくなりました。
もう忘れてしまったのかもしれません。
そうなると、過去を発掘(再発見)する愉しみが、これから待っている、ということらしい。

『夢の中で目を覚まして──『アフリカ』を続けて①』には、書きながら徐々に、自分の中に忘れられた過去がどれだけあるかということに気づいてゆく過程が、(結果的に)表れているかもしれません。

会社勤めをしていた頃に戻った夢は、いまでもよく見ます。よほどトラウマになっているのか、あるいは、15年前はまだ生々しいのかもしれません。
会社にはいるのだけれど、自分の仕事はそこにないのです。どうして、そんな場所に通わなければならなかったのでしょうか。

灰谷健次郎『海の図』(新潮文庫)

実家の本棚より。灰谷健次郎の『兎の眼』を読んだのが、自分にとって文学への目覚めになりました。小学5〜6年生のときのことでした(ちょうどいまの息子の年齢の頃です)。そのあと中学生の時期にかけて、新田次郎や司馬遼太郎の本を読むのと並行して、灰谷健次郎の本も結構読みました(3人とも「郎」でおわる名前の作家ですね)。『海の図』はそのときに読んで以来、全く開いたことがありませんでしたが、本棚から引き出して、直観でページをめくってみました。
会話が、多いんですね。会話で、物語が動いていると言ってみたい感じです(当時はそんなこと考えもしなかったけれど)。で、たまに「思う」んです。それは声にしない、ならないものとして書かれる。冒頭に引いた文章はそんな箇所です。それに続く1行も引いてみます。

人々は、みな、そうしようとして生きるのだろうけれど、それぞれが孤独を抱えているのはどうしてなのだろう。

(灰谷健次郎「海の図」より)

(つづく)

ちび人形モゼコのミニチュア(妹の作品です)

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アフリカキカクのウェブサイト「オール・アバウト・アフリカン・ナイト
アフリカキカクのウェブショップ(BASE)

『夢の中で目を覚まして──『アフリカ』を続けて①』書影

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