第32夜◇天地(あめつち)の中にみちたる草木まで~吉田兼邦
「木そのものが、神様だから。」
そう言ったのは、ひとりの宮大工さんでした。
ただ、目の前の木と向き合って、どうかその個性を、生かしてあげられますようにと、手をかける姿は、祈りのように見えたのでした。
木は生きているから。
立ち木のときは生き抜くため、伐られてからはもう一度活かされて、生きようとする意思があるから。木に問いかければ答えてくれる、なんども問いかければ絆ができる。
ただ一つの命の前に、ひざまずいて手を合わせる。
そんな心持ちで造られた木造建築には、人をやわらかく受容し、そっと包み込んでくれる、どこか尊い気配が宿るよう…
多数の社寺を建築することではない。重要文化財を手掛けることでもなく、難解な技巧を凝らすことでもない。小さなお堂を建てるだけで、そこに神様が宿るように感じられるのが、本物の宮大工さんであると知りました。
「俺はそんなんじゃないよ。」
そう、ご本人は笑うでしょうけど、木に選ばれし、幻の宮大工 鈴木棟梁。心からの感謝と尊敬を込めて。
あなたが造る『本物』が、人の心にとどまって、どんなに少なくとも、本物の木造建築は、確かに続いてゆくと思えました。それは、木と人のきずなの証。