舞台俳優・明日海りおの凄みを堪能する『ミュージカル・ゴシック ポーの一族』(梅芸版)
その衝撃的なビジュアルを目にしたのは、2021年2月10日。チケットぴあからのお知らせメールでだった。
私はこの時、『ポーの一族』というミュージカル作品について1ミリも知らず、当然「エドガーアングル」とか「アランアングル」とか言われても、何をどう見せようとしているのかも分からず、ただただ、この1枚の写真に釘付けになった。
右に写っているのが千葉雄大さんなことは分かる。問題は左の人だ。
・・・誰? これ?? 生身の人間?? CG??
当時の私は、1月末に『イリュージョニスト』を観た衝撃がしばらく頭から離れていなくて、次は何を観ようかと考えているところだった。同じメールに記載されていた、『モーツァルト!』や『GHOST』の公演案内のほうが目に入り、生の舞台を観たかった私は、そちらのチケットの抽選に申し込んだ。
お知らせにあった『ポーの一族』の配信チケットを買うかどうかは、悩んだ。悩みに悩んで、買うのをやめた。
私の判断が、正しかったのかどうかは分からない。だが雰囲気と当時の予定に流されて、なんの予備知識もないままチケットを購入しなくて良かったのではないかと、今は思っている。
結局、私は別な機会に写真左のエドガー中の人・明日海りおさんと出会うわけだが、実はこの『ミュージカル・ゴシック ポーの一族』のエドガーを演じたのが、4月24日に配信で観た、『エリザベート・ガラ・コンサート 2014年花組フルコスチュームバージョン』のトートと同じ人だと気づいたのは、5月に入ってからだった。
キャトルレーヴのオンラインショップで、『ポーの一族』のDVDを予約したのは、明日海さんとの出会いから間もなくのことである。
DVDの発売日は7月9日。手元に届いたのは、7月7日。少し早いけど、「これはきっと彦星からのプレゼントだな」と、独り言をいいながらDVDを受け取った私は、付属のブックレットやパッケージを眺めるばかりで、なかなか観ようとはしなかった。
『ポーの一族』についてちょっと説明
『ポーの一族』は、少女漫画界の大家・萩尾望都先生が1972年に連載開始した作品だ。運命に翻弄され、永遠の命を持つバンパネラの一族に加わってしまう少年・エドガーと、彼を取り巻く家族や友人アランとの物語である。
「永遠の命を持つ」と書いたが、銀の弾丸で撃たれたり、心臓に杭を打ち込まれたりすると、消滅する。消滅しない限り年を取ることはなく、ずっと同じ見た目のまま生き続けるのが、バンパネラの一族だ。
現在、漫画『ポーの一族』はKindle版が販売されている。漫画のエドガーのビジュアルは、こちら。
小さい顔、高い鼻、少しパーマのかかったようなウェーブの髪、長い首、大きな青い瞳。少女漫画の世界の美少年である。この漫画自体も傑作なので、是非機会があれば読んでみることをお勧めしたい。
一方、ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』DVDのパッケージはこちらである。
少女漫画の世界の美少年が、そこにいた。
思わず私の口から、ため息が漏れる。あまりの美しさにパッケージに見惚れているだけで、あっという間に時が過ぎる。
まったく、この人には驚かされっぱなしだ。『エリザベート』のトートといい、『春の雪』の松枝清顕といい、そしてこのエドガーといい、いちいちビジュアルの作りこみが半端じゃない。そのうえ、もっと驚くことがある。明日海さんは「ビジュアル以上の驚きを、芝居で魅せてくれる」のである。すべての作品をチェックしたわけではないので、「今のところ観た作品では」という但し書き付きではあるけれど。
付属のブックレットとDVDのパッケージを眺めているだけで時が過ぎてしまい、なかなか作品そのものを観られずにいた私だったが、連休初日の7月22日にようやく時間が取れて、観ることが出来た。
見どころその1:エドガー(明日海りおさん)の見せる「美の暴力」と「孤独」
舞台は1964年。バンパネラ伝説について話す4人の会話の中に、エドガーの名が出てくる。次の瞬間、オープニングナンバー「ポーの一族」とともに、舞台中央にエドガーの姿が現れる。
明日海りおさん演じるエドガーの圧倒的な美貌に、しばし陶然となる。美しさがあまりに凶暴で、なすすべなく心を持っていかれる。「息を呑む」とはこういうことを言うんだなと、妙に納得してしまう。
エドガーに見惚れながら、一族のエピソードがいくつか紹介されるのを聞いていると、やがて始まるナンバーが「哀しみのバンパネラ」だ。
限りがあるから美しい人の命。終わりのない旅を続ける身の、悲しみ。
歌詞から、歌声から、そして表情からエドガーの孤独と悲しみが、痛いほど伝わってきて、胸が締め付けられる。途中まで孤独と苦悩をたたえていた表情はやがて、色を失っていく。たった1曲フルで歌っただけなのに、エドガーの抱えるものが、観ている私に一気になだれ込んでくる。
時はさかのぼり、森の奥に捨てられたエドガーと妹のメリーベル(綺咲愛里さん)が老ハンナ(涼風真世さん)のもとですくすくと成長するところが描かれる。人間の子供らしい、無邪気な二人。エドガーもメリーベルも、表情豊かな、普通の子供だ。
のびのびと、すくすくと成長していたエドガーが村の子供たちとケンカをしていると、シーラ(夢咲ねねさん)が通りかかる。ほんのりと描かれるエドガーの初恋は、ほぼ出会いと同時に苦いものに変わる。ポーツネル男爵(小西遼生さん)と婚約するためにやってきた、と語るシーラ。恋に恋する少年・エドガーの目には、愛し合う二人がキラキラ輝いて見えたのだろう。まるで素敵な宝物を見つけたかのように、エドガーは澄んだ目で二人を見ていた。
婚約式を覗き見て、老ハンナたちが「ポーの一族」であると知ってしまったエドガーは、妹のメリーベルを盾に取られ、大人になったら一族に加わることを無理やり約束させられてしまう。
だが覗いていたのは、エドガーだけではなかった。村の子供たちも婚約式を覗いていたのである。村人たちが押し寄せて、老ハンナが消滅し、一族の危機となる。この危機的状況に、大老ポー(福井晶一さん)は、まだ少年のエドガーを、バンパネラの一味に加えてしまう。
こうして、エドガーは少年の姿のまま、永遠の命を生きる羽目になってしまったのだ。
ポーツネル男爵夫妻と、ロンドンへと向かう馬車の中で眠りこけるエドガー。男爵夫妻が歌う曲・「ゆうるりと」が流れる中、エドガーが苦しそうな表情を浮かべる。いかにも具合が悪そうだ。まるで身体の中で起こっていることに、全力で抗おうとするように。
パンパネラになった直後の混乱と叫びが詰まった、「エドガーの狂気」。エドガーの影が何人か出てきて踊る。エドガーも踊る。歌声の一部が、混乱したエドガーの言葉として、観ている私に届く。
愛する妹・メリーベルを守るためとはいえ、この展開は辛い。
見どころその2:アラン(千葉雄大さん)さんの「潔癖さ」と「孤独」
エドガーがポーの一族に加わり、紆余曲折を経てメリーベルも一族になってからおよそ120年後の世界。ポーツネル男爵夫妻を養父母として、エドガーとメリーベルは旅を続けていた。新興の港町・ブラックプールに現れたポーツネル男爵一家は、「まるで一枚の絵のような家族」と評される。
身体の弱いメリーベルに、さりげなく首からエナジーを分け与える優しい兄・エドガー。彼の佇まいからは、すっかり無邪気さも混乱も消えている。永遠の時を旅する自分の身を疎ましく思いつつも、受け入れざるを得ない彼は、どこか厭世的だ。
新しい地にやってきたエドガーは、土地の御曹司であるアラン・トワイライト(千葉雄大さん)と運命の出会いを果たす。
アランが手を怪我したときに、指から血を吸うエドガー。直後の表情から、一族に加えても良い人間だと、直感したようだ。
第1幕の最後にエドガーが浮かべる笑みが、彼の決意を物語っているように感じた。
アランは確かに御曹司ではあるものの、孤独を抱えている。早くに父が亡くなり、母親であるレイチェル(純矢ちとせさん)は、男性の支えなしでは生きていけない。母親として生きるよりも、女性として生きている。叔父に色目を使い、主治医であるクリフォード氏にも色目を使う。アランは複雑な思いを抱きながらも、母を愛し、クリフォード氏や叔父を潔癖なほどに拒んでいる。従妹との縁談を執拗に嫌うのも、それが原因だと思うのだが、叔父はどれだけ鈍いのか、まったく気が付いていない。
学校で取り巻きが「アラン、アラン」と言ってくるのも、父の残した遺産がいずれ自分のものになるからだと理解している彼が、遺産などに全く興味を示さない、エドガーに特別なものを感じたのも、当然と言える。
複雑なアランの胸中を、千葉雄大さんは細やかなお芝居で紡いでくれた。この時のアランはまだ16歳ぐらいのはずだ。実年齢に対して若く見えるビジュアルを十分に生かし、繊細で不安定で、時に潔癖なアランを丁寧に見せてくれた。
アランを一族に加えて、身体の弱いメリーベルを助けようと企むエドガー。出会ったことのないタイプであるエドガーに惹かれていくアラン。アランはやがて、メリーベルに恋をする。
クリフォード氏を一族に加えようとしたポーツネル男爵夫妻の企みがバレ、深手を負ったシーラは消滅、男爵も悲しみのうちに霊媒師ブラヴァッキー(涼風真世さん・二役)がスピリチュアル雑誌の編集長に渡した、銀の弾丸で撃ちぬかれて消滅する。
霊媒師ブラヴァッキーは、クリフォード氏にも銀の弾丸を渡していた。メリーベルはクリフォード氏に撃たれて消滅する。
急いでメリーベルのもとに向かったものの、間に合わなかったエドガーは後悔と悲しみをたたえながら、クリフォード氏を撃つ。
あれほど愛して守り抜いてきたメリーベルだけでなく、初恋の君であるシーラと、時に厳しく父親として接してくれたポーツネル男爵を一度に失ったエドガーは、深い孤独にさいなまれる。同じころ、アランもまた、母と叔父とのやり取りを目撃してしまい、はずみで突き落とした叔父の様子と、豹変する母や従妹の態度に、孤独を深めていた。
エドガーは、「メリーベルに会いたい」というアランのもとを訪れて、「メリーベルはもういないよ」と告げた後、自分は遠くへ行くと伝える。そして、アランにこう言う。
「・・・きみはどうする? 来るかい?」
「おいでよ。一人では、さみしすぎる」
家族をすべて失ったエドガーの悲しみや孤独と、アランの孤独が共鳴した瞬間に、自然と涙が出る。エドガーが自身のさみしさをつぶやくように告げ、アランの孤独をも引き受けて、ともに行こうと誘う。
アランは、永遠の時をエドガーとともに旅することを決め、二人で旅立つ。
見どころその3:ミュージカル界の重鎮が演じる老ハンナ(涼風真世さん)と大老ポー(福井晶一さん)
まずは、老ハンナを演じる涼風真世さん。
老ハンナの登場シーンは、森に捨てられたエドガーとメリーベルを見つけるところなのだけれど、このシーンでは普通の親切なお婆さんだった。二人を連れて帰ろうとする老ハンナに、怪しいところは微塵も見当たらない。
豹変するのは、婚約式での登場の場面だ。
本当に1000年生きているんじゃないかと思わせるような妖しさと、おどろおどろしさがない交ぜになっている。婚約式は、新たな血(ここではシーラ)を一族に加える儀式。老ハンナも喜んでいるのだろう。エドガーに見られたとわかった時の、妖しい微笑みに背筋がゾクッとする。
涼風さんは二役で、第1幕の最後から霊媒師ブラヴァッキーとして登場する。霊が乗り移った時の声の変わりっぷりにも。驚かされた。
涼風真世さんの凄みを存分に味わえる二役だった。ぜひまた、再演のときには老ハンナと霊媒師ブラヴァッキーを演じていただきたい。
そして、大老ポーを演じる福井晶一さん。
福井晶一さんと言えば、先日観た『レ・ミゼラブル』のジャンバルジャン。残念ながら私は吉原光夫さんと佐藤隆紀さんのジャンバルジャンしか拝見していないけれど、「ジャンバルジャンを演じている」という事実だけで、その実力は観る前から明らかで、ワクワクしていた。
期待通りの歌声だった。大老ポーが歌う場面はそう多くはなかったけれど、声も滑舌も抜群で、耳に心地良い。福井さんの声を聴きたくて、思わず何度もDVDを戻して、福井さんの歌う場面を観てしまう。
再演があるなら、出来れば大老ポーは福井さんのままで上演していただけたら嬉しい。
見どころその4:エドガーの影とセント・ウィンザーの生徒たちの踊り
歌とお芝居の話ばかり綴ってきたけれど、『ミュージカル・ゴシック ポーの一族』、結構踊るのだ。
まずは大老ポーのエナジーを受け、バンパネラとなったエドガーが混乱のうちに歌う「エドガーの狂気」。エドガーの影の皆さんが数名出てきて踊りまくる。エドガーも踊る。明日海さんは踊りがそう得意な方ではなさそうだが、そうは言っても宝塚出身なので、一般的な基準からすると綺麗に踊っていると思う。
圧巻なのは、影の皆さんだ。ダンスのスキルの高いアンサンブルさんをそろえたのだろうか。影の仮面をかぶっているから顔は分からないのだけど、踊りが素晴らしい。
アランの通う学校・セント・ウィンザーの生徒たちも同様だ。アランが歌うナンバー「転校生~アランの規律」では、アランの取り巻きたちが踊る。
主要キャストはそれほど激しく踊らないけれど、要所要所でアンサンブルの皆さんがカッコよく踊ってくれるのも、観ていて楽しい。
終わりに 舞台人・明日海りおの凄み
DVDの最後に、御園座での大千穐楽のカーテンコールも収録されている。
演出の小池修一郎先生曰く、原作の萩尾望都先生とは1985年に出会って、いつか宝塚の舞台で『ポーの一族』を上演したいと熱弁をふるい、約束を交わしたそうだ。萩尾先生はその夢を信じたが、実現しないまま30年以上が経過した。他の人から『ポーの一族』舞台化の話もあっただろうに、小池修一郎先生の夢に賭けたのだろう。
宝塚歌劇団で『ポーの一族』が30年以上の時を経て上演できたのは、ひとえに明日海りおという稀代の役者が、小池修一郎先生の目の前に登場したからではないか。少年の姿でありながら、アランと出会ったときにはすでに100年以上の時を生きていて、一族の在り方を疎ましく思いつつ、抗えずにいる。さらにそこから80年が経過した1959年の西ドイツのギムナジウムでのエドガーは、ブラックプールの時より老成した落ち着きを醸し出している。アランと出会い、ともに時を超えて旅することが、彼の不安や孤独を和らげたのだろう。これを見た目も含めて体現できる役者は、そう多くはない。おそらくこのクオリティで観客に届けられるのは、現在のところ、明日海りおさんだけではないだろうか。
明日海さんは役として、エドガー少年の圧倒的な美しさを身にまといながら、彼の持つ悲しみや孤独を時に全開にする。言葉で、振る舞いで、メリーベルへの愛をあふれさせる。特に、妹のためにアランに近づいたエドガーが、アランの抱える孤独に共鳴して、ともに旅出つ場面には、それまでのエドガーからは感じられなかった、アランへの愛を感じた。演出の小池修一郎先生の言葉を借りれば、確かに「稀有な役者」だ。
2021年2月に上演された『ミュージカル・ゴシック ポーの一族』。もともとは2018年に宝塚歌劇団花組にて初演が行われている。この時のエドガーは、宝塚退団前の明日海りおさん。アランは現在の花組トップスター・柚香光さんだ。
明日、7月27日から5日間にわたって行われる、宝塚スカイステージ(CS290チャンネル)の無料放送期間に、なんと2018年花組版の『ポーの一族』が放送されるという。
『ポーの一族』が放送されるのは、7月27日23:30からだ。アラン役の柚香光さんも、とんでもないスターだし、他の出演者の皆さんも豪華だ。興味のある方はぜひこの機会に観ていただきたい。
明日海りおさんが体現するエドガーを、無料で拝める幸運が何度もあるとは、思えないのだ。私はすでに録画を設定したけれど、何度も確認してしまった。きっと明日の夜も、不安で何回も確かめてしまうのだろう。
それだけの価値のある作品に出会えて、私は心から幸せだ。