
いったい何刀流? 女優・松たか子が帝劇コンサート『THE BEST New HISTORY COMING』と映画『ファーストキス』で放つ異彩
舞台中央に設置されたスクリーンに、二代目松本白鸚さんが映し出される。英語で歌う『ラ・マンチャの男』の中の一曲・「見果てぬ夢」が聞こえてくる中、舞台下手から黒いドレス姿で登場してきたのは、松たか子さんだ。
現在の帝国劇場が2月末に建て替えのため閉館となるにあたって開催されている、お祭りコンサートが2月14日に幕を開けた。帝国劇場で上演されたミュージカル53作品の全曲を豪華キャストで歌って踊っていまの帝劇とお別れしようというコンセプトのもと、帝国劇場常連のミュージカル俳優たちとミュージカルファンが集う。初日と次の日の公演にゲストとして登場した松たか子さんは、2002年に『ラ・マンチャの男』のアルドンザ役として帝劇の舞台を踏んで以来、幾度かアルドンザを演じている。
白鸚さんにか、『ラ・マンチャの男』を支えた皆さんにか、スクリーンに敬意のこもった一礼をした後、お父様の映像を背に「見果てぬ夢」を松さんが歌い上げる。衣装からも歌唱からも余計なものがそぎ落とされているのに、真っすぐに2階席まで音も役も飛んでくる。
最後のロングトーン。オーケストラの音が消え、劇場に松たか子さんの声だけが響く。残響までもが名曲の一部。息をするのを忘れた。そうだった。劇場の空気をすべて持っていくパワーが、いつだってこの人には満ちているのだ。今まで劇場で観たいくつかの公演を思い出す。
このお祭りコンサートの出演者は、ミュージカルを主戦場とする俳優がほとんど。つまり全員芝居としての歌が抜群に上手い。そんな中にあっても素晴らしいパフォーマンスを松たか子さんは魅せてくれた。出演中の映画『ファーストキス 1ST KISS』が大ヒットを記録し、宣伝や舞台挨拶に忙しい中にもかかわらず、だ。
『ファーストキス 1ST KISS』の松たか子さんは、今までテレビドラマや映画で見せてくれたのとは別のグラデーションを見せてくれている。硯カンナという女性の中にあるいろいろな側面を、無駄なく美しくカットされたダイヤの面のように輝かせてくれている。テレビドラマや映画のお芝居だけでも名優と言い切っていい。しかし板の上の彼女はまた違った魅力を放つ。帝国劇場で彼女の歌う「見果てぬ夢」を聴いた時、並み居るミュージカル俳優をも凌駕する芝居歌に背筋がゾクっとした。NODA・MAP作品で観た周囲を圧倒する存在感が、ここにもあった。簡単に「圧倒」などという言葉を使いたくはないが、劇場の空気がすべてひとりの女優に吸い寄せられるあの瞬間を表す言葉を、他に知らない。
可憐なルックスが年齢とともに落ち着きを増し、「キュートなオバサン」としての魅力を増している。松さんにしかないチャーミングさが、”いま”不思議な輝きを放っている。活躍のフィールドが舞台・映画・テレビドラマと多岐にわたるだけではなく、いずれも観客の期待を超えた的確さで魅了してくれる。こんな女優が、ほかに居るだろうか。
松たか子さんから、目が離せない。
※『ファーストキス 1ST KISS』の感想はこちら
いいなと思ったら応援しよう!
