介護開始は風呂場から
人生でこんな経験をする事は、数回だと思うし、もう二度と起こらないでくれと思う反面、いつか誰かの役に立てればと思い、書き残す。
前半は当日の状況を細かく書いているため、急ぐ場合は読み飛ばして結構。
今すぐに連絡すべき場所に連絡してください。
登場人物
母(60前半)…50代前半にパーキンソン病と診断され、定年後はデイケアに週2回通っている
私(30歳)…会社員。比較的休みやすい
妹(アラサー)…会社員。不定休。実家で母と同居
姉(30代)…在宅ワーク。
7/31
いつかこの日が来ることは覚悟していた。
それはあまりにも突然だった。
7:20
夏の朝。まだ会社に行くには早すぎる時間に、妹からの着信音で目が覚めた。
「たしけてー」
滅多なことでは電話をしない妹が、こんな朝から連絡をよこすなんて何事かと飛び起きた。
詳細を聞くのもそこそこに、実家に向かってバイクを走らせた。
実家に住む妹が言うには、同居の母が洗面所で倒れている。しかし、重量級(100kg超)の母を妹1人では起こせないというのだ。そりゃそうじゃ(オーキド)
8:00
実家に着いて、洗面所へ行くと、想像以上の地獄が広がっており、絶句した。
倒れた母は全裸で、洗面と洗濯機の間に頭が挟まっており、床に寝そべっていた。聞くと夜中の3時からこの状態だと言うのだ。
しかも季節は夏。冷房のない洗面所に数時間いたことで、汗もひどく、部屋の気温も上がっている。そして、なぜか散乱しているオムツ。しかし、その理由を考えている暇などなかった。
私の到着までに、妹が母に水分補給をさせ、リビングの冷房を下げ、扇風機で冷風を送り始めたところだった。また、倒れた時の状況や経緯を妹が母に確認しようとしていたが、「ごめんねぇ…」と泣くばかりで状況はわからないままだった。
私の顔を見た母は力なく「へへへ…」と言うのが精一杯で、早く涼しいリビングに移す必要があると理解した。
妹が洗面所に冷気を送ったおかげか、電話してきた時よりはまだ意識がマシになったらしい。
私も介助の心得えがあるわけではなく、とりあえず力技で持ち上げるしかない。
母に私の首元に手を回すように指示し、力技で座位まで持っていくことに成功した。その後妹に交代し、妹は母を前から、母の脇の下に腕を回して抱き抱え、私は後ろへ転けないように支えながら、立ち上がらせることに成功した。
そこからは早かった。母はかろうじて自力で歩く体力が残っており、リビングの入り口まで辿り着くことができた。食卓の椅子を移動させ、椅子に座らせた。
しかし、母が座位を保つ体力が残っておっらず、ベッドに寝転がりたいというので、フローリングを犠牲にし、椅子を押してリビングの隣にある母のベッド近くまで移動した。
8:15
クーラーの真下にある母のベットに寝かせて一安心したところで、職場へとりあえず午前中だけ休むと連絡した(どうしてもその日にメールを1通だけ送らなければならなかった)そして洗面所に散乱していたオムツや荷物を片付けようと洗面所に入ったところでようやく気がついた。臭う。とてつもなく臭い。
散乱しているオムツは使用済みではなく、犯人はこいつではない。ではなんだ。その臭いの根源を探してお風呂場に目をやったところ、お風呂場が大量のウンチに塗れていることに気がついた。初めてみる光景に言葉を失ったが、頭は冷静だったらしい。それか、朝一叩き起こされたせいで、まだ覚醒していなかったのかもしれない。マスクも手袋も無しで掃除を始めていた。
人のウンチを洗った経験なとなく、とりあえずお湯でお風呂場全体を流し、排水溝ネットにウンチを集めた。(後で調べたところ、人糞はお湯をかけると臭いの成分が広がりやすくなるらしい。初手から大ミスである。)そして、家中にあるありとあらゆる洗剤をかけてはブラシで擦って流し、見た目上は綺麗になったが、えづくほどの匂いが全く取れない。私は一旦問題から目を背けて、洗面所の扉を硬く閉ざすことにした。
9:00
私が片付けを行なっている間に、妹が母が通っているデイケアの施設Aに電話をかけて、本来は通所の日ではないが、緊急として受け入れてくれる事になったと教えてくれた。この時のデイケア施設の担当さんには本当に感謝している。朝一から母の救助で憔悴していた妹に、「任せてください。こういう時こそ預けてください。お迎えに行けるのが一番早い時間か、遅い時間かの二択になってしまうのですが、ご家族のことを考えると早いほうがいいと思うので、すぐに向かいますね。」と言ってくれたという。また、「今日母がデイケアから帰ってくる時間に出迎えることができる人間がいないし、何より心落ち着いて母の対応ができる気がしないため、ショートステイ(施設にお泊まりすること)をお願いできないか。」と相談したところ、「現在施設のショートステイのベッドが満床のため、受け入れができないが、系列施設で空きが無いか確認してみますね。」
とその後ケアマネにも情報を共有しておいたほうがいいと、何をすべきかの指示をくれた。
10:00には迎えの車が家の下に到着するとのことで、未だ全裸でベッドに横たわっている母を叩き起こして服を着させる。パーキンソンのせいで、母の動きは遅い。ベッドから起き上がるのも、Tシャツを着るために腕をあげるのも、靴下を履くために足をあげるのもだ。全てを終わらせる頃には私も母も汗だくになる。その間に妹はデイケアへ行く荷物の準備と、妹の職場への連絡をしてくれた。
全ての準備が完了する頃には、迎えの10分前を過ぎていた。朝ごはんを食べている暇がなかった母のために、妹が母のカバンにおにぎりを詰めたのだが、それが気に食わなかったらしい。
「おにぎりいれないで!!!」
突然母が大声で叫び、玄関にいる妹と、廊下にいる母とで睨み合いが始まった。そのさらに後ろのリビングにいる私困惑。
「じゃあ出しとくから、とりあえず玄関に来て靴履いて」という妹と、「おにぎりをリビングに置いてくるまでここから動かない」と言う母。
蚊帳の外の私。
今朝からの事件を思うと、おにぎりなんてどうでもいい。とりあえず靴を履いて家の外に出てくれ。妹もおにぎりを諦めてくれ。
妹「じゃあ、私(妹)が迎えの車待ってる間に食べるから、それでいいでしょ」
母「いやや。おにぎりを置いていけ」
今はそんなしょうもない親子喧嘩をしている場合じゃない。都合をつけて迎えに来てくれる人がもうじき来る。
私「うるせぇ。二人ともとりあえず外に出ろ」
私がぶちぎれたことで、とりあえずは収まったが、その後も二人はそれぞれに文句を言い合っていた。
なんとかお迎えの車より先に乗車場所へたどりつき、母を施設の人へ引き渡した。
10:10
ようやくケアマネと連絡がつく時間になったので、妹は情報共有のためにケアマネに電話し、私は姉んに電話して、ことの顛末を伝えた。
また、その間に施設Aから電話があり、系列の施設Bであればベッドに空きがあるので今日受け入れができるとのことだった。施設Bは家から離れており、片道40分ほどかかるところだったが、文句は言っていられない。今日は施設Bでのショートステイを依頼した。
正直その時点では今後どうしようかという明確な決定はできていなかった。
パーキンソンは脳からの伝達物質がうまく出ないために体が思うように動かなくなる病気であり、そのために投薬治療を行っていたが、日中は仕事に出ている私たちは、母が薬を飲めているのかどうかの確認ができていなかった。
また、薬の飲む回数を二週間前に変更し、つい先週それでも体がうまく動かないからと、定期受診以外でも追加で通院したばかりであった。
薬を飲む回数の変更がいけなかったのか、薬の種類が合わなくなっているのか。今の状態に合う薬さえ飲むことができれば、まだ筋力がある母は元の生活に戻れると信じて、かかりつけの総合病院に入院するのがいいのかななんてぼんやり考えていただけである。
11:00
妹はどうしても仕事が休めないため、午後から仕事へ出ていった。私は午後も休みを取るために職場に電話し、今日中に送らなければならないメールを職場の同僚に依頼しようとしたところ、「それなら午前中に送っといったぜ⭐︎」とイケメンなことを言われ、50過ぎのおじさんでなければ危うく惚れるところだった。
15時に母を施設Aに迎えに行き、施設Bまで送ることになった私は、また朝のように母がしょうもないことで起こり出した時に一人では対応できないと考え、姉を召喚した。
施設に泊まると言うことが経験なかったため、施設Bになにを持っていったらいいか尋ねたところ、「着替えと薬だけ持ってきていただければ大丈夫です。食事の際のコップやお箸などは不要ですよ。」と言われ、どこまでも至れりつくせりで感謝でしかなかった。
母を迎えに行くまでに少し時間が空いてしまった。空いてしまったから考えてしまった。これが母が自宅で過ごす最後になってしまったのではないか。母の人生なのに、私たち娘で考えてよかったんだろうか。
考えれば考えるほど涙が溢れ、母のベッドで子供のように泣きじゃくった。
14:00
姉を迎えに行き、施設Aに向かった。
急なことで施設内でも情報共有が完璧ではなかったようで、受付の事務の人は「聞いてます〜」と言う感じだっっったが、デイケアの介護士の人は「なんかご家族さんが迎えにきたらしいぞ!?」と一悶着はあったが無事に母を車に乗せることに成功した。
「今日は家の中もぐちゃぐちゃだし、お母さんが帰ってきても安全に過ごせる状況じゃないから、しばらく施設Bにいてね」と説明した。母も朝の怒りようが嘘のように落ち着いておだやかになっており、すんなりと受け入れてくれた。
道中の車内で母から「施設Bに泊まるのはいつまで?」と聞かれたが、答えることができなかった。私たちも聞きたい。いつ、どのような状況になったら家が安全だと言えるのか。かかりつけの病院に投薬調整のために入院するにも待つ期間がどれくらいかかるのか。全く見当もつかない状況だったからだ。
今回の緊急でのショートステイは、とりあえず二週間でベッドを確保してもらっていたため、「長くても二週間だよ」とだけ伝えた。
施設Bは細い路地にあり、何度も迷ってしまったため到着は16:30になった。
持ち物は特にないと聞いていたが、急に知らない環境で、(しかも自分の意思ではなく娘の意思で)寝ろと言われても寝られるか心配だったため、母がいつも使用しているタオルケットと枕だけは持参した。
この頃もまだコロナの影響で高齢者が多い介護施設では家族は入り口までしか立ち入れなかった。
施設についてすぐ母は車椅子に乗せられ、荷物と共に部屋へ行ってしまった。
その後、事務の人から「では、お薬とお着替えお預かりしますね」と言われ固まる。着替えは準備してきたが、薬を鞄ごと家に忘れてしまったのだ。
その旨伝えると、ショートステイの人には施設で処方できないため、必ず自宅から持ってきてもらう必要があるとのことだった。
急いて取りに戻って、持ってきますと伝えたところ、
「なら、合わせて一包化して持ってきてくれますか?」と言われ固まる。
「いっぽうかって何ですか・・・?」素人に専門用語を使われても困る。
「薬を昼食後、夕食後とかに分けて飲んでいると思うんですけど、飲む都度に一つの袋にまとめていただく必要があるんです」
とんでもないこと言いやがる。
この時母はパーキンソンの薬を1日5回に分けて飲んでおり、合わせて花粉症の薬と便秘の薬を飲んでいて、薬の量が尋常じゃなかったのだ。
「袋ごとに何日のいつ飲む分って言うのも書いてくださいね」
はい。終わったー。
薬の種類見て判断してくれるんじゃないのね。
そりゃそうよね。介護士は薬の知識があるわけでもないし、入所者の一人一人薬があってるかの確認なんて責任取れない。そりゃそうなんだけど、それなら朝持ち物聞いた時に教えてくれれば日中に作業する時間あったのに!!!
帰りの車内で姉と怒りながら、一包化するためのジップロックを100均で買い、家に帰って急いで作業にかかった。
各食事の前後と、時間指定で決まっているパーキンソンの薬とで、1日8袋になると分かった段階で二週間分をいっぺんに作るのは無理だと悟った。2人で作業をしながら、絵の上手な姉には袋に母へのメッセージとイラストを描いてもらった。取り急ぎ5日分40袋作ったところで諦めて、再度施設Bへ向かった。
施設Bに向かう途中、施設Bから「何時ごろに戻られます?」と連絡があった。そりゃそう。この時点で19時を回っていた。でも、家帰って一包化してこいって言ったのはあんたらですから!!!
施設Bにつくと19:30を回っており、夏とはいえあたりはもう真っ暗だった。
作成した40袋を渡すと、「え?二週間分じゃないんですか?」と言われ、「この時間だとこの数が精一杯でした」と落ち着いて答えた私を褒めてほしい。
「残りの分はこの薬がなくなるまでには持ってきます」と伝えると、「わっかりましたー」と腑に落ちない顔で受け取られた。
薬を持っていった際に事務手続きについて説明を受けるという手筈だったが、時間が遅くなってしまったため、「書類お渡しするので、記入してまた持ってきてください」とだけ言われて分厚い封筒を渡された。
これから帰って、これを読めだと…。
絶望しながら施設を後にした。
姉を家に送り届け、実家へ戻ったところ、妹が仕事から帰ってきたところで、午後からの出来事を共有した。
ここまでが当日の出来事である。
改めて振り返っても、怒涛の1日だった。人生の分岐点でもあった。母にとっても、私にとっても、私たち姉妹にとっても。
ある日いきなり親が倒れた時、どうしたらいいか。
私1人ではこんなに1日で収まるところに納めれなかったと思う。
落ち着いている今、再度まとめておく。
親が家で倒れている
①医療的な処置が必要な怪我(出血や骨折、意識がない等)がある
→病院へ行きましょう。家族で病院へ連れて行くのが難しい場合は迷わず救急車を要請するか、#7119に連絡して指示を仰ぎましょう。都道府県によっては、#7119ではない番号でサービスを行っているところもありますので、日頃から確認しておくと安心です。
②怪我はなく意識もはっきりしている。
→まずは倒れている状況から抜け出し、落ち着いて状況を見られる場所で体の状況を確認しましょう。
介護保険を利用している場合は、ケアマネや電話のつく相手(私の場合施設Aのスタッフ)へ連絡し、どうしたらいいか相談しましょう。家族のメンタルケアも彼らの仕事に入っているので、相談しても大丈夫です。
親の付き添いのために仕事を休む時
①介護休暇・介護休業
家族が怪我をして二週間以上の治療が必要となった場合に取得できる休暇です。
これは法律に規定されているものなので、企業側は取得を拒むことはできません。そのため一般的な企業での雇用であれば取得できるはずです。給料が出るかどうかは会社によって異なるので、ご自身の会社に確認を。
(硬い言葉でかいてあるからわかりにくいけど、一応公式として厚生労働省のページも載せておきます。)
②介護休業給付金
上記の介護休暇等で会社から給料が支払われない場合でも大丈夫。雇用保険に入っている人なら、給与の67%が雇用保険から支給されます。
手続きは本人の申請によって、原則企業が行う(出勤簿や給与台帳の提出が必要)ため会社の総務へ相談してください。万が一会社が手続きをしてくれない場合は、自分で行うこともできます。
この後も医療や介護のややこしい制度に振り回されるので、めちゃくちゃ勉強しました。勉強しましたが、全然わかりません。何ならケアマネでも分かっていない制度もあります。同じ相談をしても違う回答が来ることもあります。
介護は受け身ではなく、自分で情報を集めに行く姿勢や、1人の言うことだけを信じるのではなく、介護、医療、ケアマネ、ソーシャルワーカーなどいろんな資格の視点からアドバイスをもらうことも大切だと感じました。
その分家族の負担は人一倍。親のことでも自分の人生と割り切れるならいいけれど、私はそれができずにとても悩みました。(今もですが)。
私は専門家ではないし、教えてもらったことの受け売りだけど、噛み砕いた言葉でまとめられたらなと思います。
いつか誰かの役に立てますように。