#87「マイアスピレーション」
森のリトリートという研修があるらしい。山の中に入り、1人になった状態でただボーっとする。自分の過去を振り返るもよし、自然の草木の見つめながら気づいたことを考えるもよし。そんな環境で過ごしたあと、チームで集まり、それぞれが感じたことを話し合うのだそうだ。
この研修で大事なのは、研修を行う側の立ち振る舞いだ。コーチングのようなかたちではあるものの、どこかに導くのではなく、その人の話を聞き、その内側をさらに引き出すような姿勢が必要だ。そのため、この研修にはゴール設定が存在しない。参加者にこうなってほしいとか、研修後にこんなことを考えるようになってほしいという期待も存在しない。その代わりに必要なのが、アドリブ力である。一人一人感想は違うし、思うことも十人十色。そんな彼らを一つの方向に導くのではなく、一人一人の声に耳を傾け、その想いを引き出し、ともにその人なりの答えを探し出すような対話を心がけることが必要なのだ。
別の言い方をすると、I思考ではなく、We思考やYou思考として問題を考えること。I思考とは、相手にこうなってほしいとか、こう思ってほしいという一個人の期待である。これを避けなければならない。なぜなら自らの世界観や経験値を押し付けているだけで、その方法がその人にとっての最適解であるとは限らないからだ。だからこそ、本人の口から出た本心について共に考え、その人なりの答えや心の声を引き出せるように言葉掛けや質問をしてあげる必要がある。
例えば、後輩へ指導しているときに、「〇〇さんだから出来るんですよ」と言われたとする。これを言われたときに考えられるのは2つ。一つ目は、じゃあそれを達成するにはどうすればいいのかな、と疑問を投げかけ、彼らなりの答えを引き出すこと。しかしこのやり方は、ある程度基礎基本が成り立つ人ではないと、効果が生まれない可能性も高い。
もう一つは、本人の意思を問うやり方。出来るようになれる領域まで本人が辿り着きたいと思うのか、そうではなく言われたことだけをこなし、最低限の給料をもらって残業なく帰れるようでありたいのか。それを問うたうえで、その答えにそった対応をしてあげる。
これらは人材育成を通した組織風土改革の第一歩であり、非常に時間も労力もかかるが大切な問題である。ただ一つ思うことは、山の中に篭っても困らなくても、「私はどうなりたいのか」「今後どうありたいのか」については1人で考える時間を設けることが必要だということ。誰かを導くためには、まず私自身の豊富な経験と心身的な余裕が必要不可欠だ。一方で入社して3年は目の前の仕事にガムシャラに働けとも言われる。どれも間違っていないと思うけれど、きちんと今この瞬間の私と向き合い、ポジもネガも含めて、この瞬間の私そのものを嘘偽りなく受け入れてあげることが大切だ。そこにプライドは必要がない。