東京
2022.3.26 Sut
お台場。そこは自分にとって、夢のような場所であり、空間である。
きれいで大きなショッピングモールや、観覧車に大きなゲームセンター。フジテレビや海に面したきれいな景観。
子供の頃、家族で遊びにきた思い出の場所。
初詣が終わった後にお台場に行き、家族みんなでゲームセンターで遊んだこともあった。そんな思い出の地、お台場にあった場所が明日で最後を迎えてしまうという。
ヴィーナスフォートである。
インドア空間の中に噴水があったり広場があったり。天井は夕焼け頃の絵が書かれていて、街並みもヨーロッパのような異質な空間。
初めて来たとき、「何だここは」と驚いたことを今でも覚えている。
看板を見てみると、「22年間ありがとうございました」と書かれていた。
そうか、この場所は自分と同い年だったのか。
そんな思い出の場所と自分を重ねてしまう。
自分は今日までの22年間、ほとんどの期間が学生であり、多くのことを与えられてきた。親をはじめ、周りの人たちに支えられ、可愛がってもらってきての22年間であったとも言えるだろう。そんな環境で自分は成長してきた。
でも、ヴィーナスフォートの22年間は自分とは違う。
自分のように多くの人達にとっての思い出の場所や空間を提供し続けてきたのだ。
ある人にとっては、家族との思い出の記憶の一部として。
またある人にとっては、かつていた大切な人との思い出の記憶の一部かもしれない。
自分をはじめ、多くの人達の思い出の一部に刻まれている。
そんな”思い出”という価値を多くの人に与え続けてきた22年間だったのだろう。
そんなことを考えると、胸が苦しくなってきた。
昔家族で買い物にきたこの場所。
まだ背丈が小さかった頃に見上げた大きな噴水。
そんな思い出を振り返るように、目の前の景色を目に焼き付けたい。
記憶として鮮明に残しておきたい。
そして、伝えたい。
思い出をありがとうと。
同い年として、大きな価値を与え続けてきたヴィーナスフォートのように、自分もこれから社会に出て価値を与えていきたい。
そうすることがきっと、ヴィーナスフォートに感謝を伝える1番の手段であるような気がした。
閉店してお店が閉まったあとの人の少なくなったこの場所を歩いた時、いろんな思い出が蘇ってきたけど、ふと横を見れば自分の横には彼女がいる。
手をつないで最後のヴィーナスフォートを歩いていて思った。
この思い出やぬくもりを忘れず、大切な人とのこれからを生きていきたいと。
思い出がいっぱい詰まった景色だって また
破壊されるからできるだけ執着しないようにしてる
それでも匂いとともに記憶してる遺伝子に刻み込まれてく
この胸に大切な場所がある (「東京」Mr.Children)
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