どんでん返しを求めて:『アリス殺し』感想
「どんでん返し」が大好きです。
何故こんなに心惹かれるんでしょうね。伏線が綿密に敷かれ、謎が謎を呼び、ラストに向けて一気に収束していく物語がこの世で一番好きです。
さて「どんでん返し」を求めて小説を探したところオススメにあがってきた『アリス殺し』(小林泰三著)を読了しましたので感想を書いてみます。
!!!ネタバレ要注意!!!
未読の方はご遠慮ください
どんでん返しが魅力の物語です
序盤:登場人物にドン引きの連続
最初は読むの止めようかと思ったんです。現実世界(地球)での語り部、亜理さん他登場人物たちにドン引きすぎて。
亜理さんに限らず準主人公の井森さん含め、登場人物たちが殺人事件に対してあまりにも受け止め方が軽い。同じ大学の学生が不審死をして、井森さんに至ってはその現場の目撃をして、そんな平常通りいられるものでしょうか。
一生物のトラウマですよ。少し心の弱い人なら大学に行くことすらできないと思います。
そんな中たくましくも実験が中止になることに焦り動き回る亜理さん、あろうことか亡くなった人の「親友」と思っている人に「実験の日を変わって欲しい」と申し出るメンタル。
直後、大学の教授までも突然死しているというのに悠長に構えている同僚の先生たち。
ああこれ価値基準すら不思議の国に置いてきた、倫理感がやべえ人たちの話かなと読み進める自信を失いつつありました。
中盤:グロテスクシーンが辛かった
唐突ですが私グロ苦手なんです。しかしこの物語では『不思議の国のアリス』よろしく、非常にナチュラルにグロシーンが登場します。死んだハンプティの液体を吸うところから始まり、野良犬に食べられた人間の顔の描写、その他もろもろ。
真剣に気分悪くなること数回です。
蜥蜴のビルが追い詰められていくシーンは特につらかったです。逃げられない緊迫感、追い詰められ少しずつ失っていく彼自身の身体。
蜥蜴のビルだけが私の癒しだったのに。地球での名前が井森(イモリ)なのも最高に素敵だと思っていたのに。それすら奪うなんて!このへんでギブアップしたかったけれど、どんでん返しまで頑張ろうと読み進めました。
終盤:怒涛のどんでん返し
冒頭に申しましたとおり、どんでん返しや伏線大好きな私ですが、基本的に蜥蜴のビルと同じくらい頭が鈍いので先の展開が読めることは基本ありません。つまり、作者の思惑通りきれいに驚いたわけです。
まさか真犯人も主人公も、二人共が嘘をついていたなんて!
アリスは確かに不思議の国では亜理のことを「自分」とか「私」などと呼んでいない、「有栖川亜理」と第三者のように話していました。
またハムスターと2〜3時間話し込んでる、という本来ならとち狂ったことも言っています。
それぞれ冷静に考えればおかしな話なのですが、不思議の国ではおかしな話が通常運転なのでまったくスルーされてしまうのです。このへんのバランス感覚は見事です。
そしてオチでもある、現実こそが不思議の国だったというのも妙に納得です。最初から感じていた違和感、現実世界があまりにも現実味がない、というのは当然だったんですね。だって夢の世界なんだもの。
夢にしてはなんと夢のない、と思わなくもないですが。出世争いやらパワハラやら論文やら。夢なら夢らしい夢をみてくれればいいのに。
なぜ真犯人が殺人にいたったのか分からない
さて結末ですが。
真犯人がラストに凄惨な目に合うのは、やったことを思えば当然なのでしょうか?しかしあまりにも残酷で何とも言えない気持ちになりました。「首を切っておしまい」でおなじみの女王ですが、そう言うならせめて首は一思いに切ってあげてほしかった。真犯人の顛末は現実世界であれば世紀末もいいところ、こんな残酷な処刑方法は中世の人だって「やりすぎ」と苦言を呈しそうです。
登場当初からヘイトを集めていた真犯人は、最後までひたすらに自己中心的で見事に自分のことしか考えておりませんでした。むしろ天晴と思うほどの強い自分軸。誰がどうなろうと知ったこっちゃない精神。自分勝手に多くの命を奪ったのだから、ふさわしい結末といえばそうでしょう。
しかし殺人の動機が「教授になりたかったから」は謎です。だって地球側が夢だって知っていたんですよね?リスクを冒して教授になったって、夢が終わったら終わりじゃないですか。そこで残るのは、現実(不思議の国)で殺人という大罪を負った自分だけですよね。
これって私の読解力が足りないせいかもしれませんが、よく分からなかったです。もしくはこの動機の軽さ、よく分からなさが最大の「不思議の国の住人」らしさなのかもしれませんね。
続編を読むか否か
今作は「面白かった」と「キツかった」が拮抗する感想なんです。だから続編を読むか悩みどころなのですが、愛すべき蜥蜴の井森くんがレギュラーで出てくるようなので読むかもしれません。