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安住型と克己型。それぞれの幸せは違うもの

人間は安住型と克己型に別れていて、人口比で言うと8:2か9:1あるいは俺の実感で言うと97.5:2.5くらい。比率で言うと、1/40くらいが克己型。

つまり40人いたら39人くらいが安住型で、1人か2人くらいが克己型。

それぞれ説明しよう。

安住型と克己型の一番の違いは、幸せであることに対する感じ方。

安住型は、幸せであることに対して幸せである。満足する。

克己型は、幸せであることが不幸せである。満足できない。

これが最大の違いである。

ウェーバーの官僚と政治家の図式で言うならば、官僚が安住型で、政治家が克己型と言ってもいい。

安住型ってのは、要は、伝統主義的である。昨日あったように今日があり、今日あったように明日がある。これが基本的なエトスである。

で重要なのは、ローマに倣ってパンとサーカスであると思う。

つまり、食事と娯楽。

で、食事はまあ、美味しければ美味しいほどいい、として。

娯楽よな。

娯楽といっても、何がそれに適するのか。

その根幹をなすのは、やっぱり人間関係であると思う。

人類史を見ても、人間は常に集団で生きてきているし、人間が孤立すると、つまり人と話さなかったりして生活してると免疫力が落ちる、って研究もある。

つまり?

人間関係ってのは、あるいはコミュニケーションってのは、人間の幸せにとって不可欠である。

したがって、飯とコミュニケーション。うまい飯と家族とか友達。

この2つが、安住型にとって必要なことだろうと。

では、克己型。

そもそも克己型ってなんなのか。

それは、幸せであることに対して幸せになれない人。満足できない人。

でじゃあどうしたいのかって言うと、エトスは、より良い世界を、である。

伝統主義に対して、合理主義、あるいは、変革主義。

たとえ物事がうまくいっているように見えても、何か問題が起こるんじゃないか、とか、よりよくできるんじゃないか、ってことを常に考えている。

でこれの根源は、より良い自分でありたい、ってこと。

成長したい、とか、より良い自分でありたい、とか、新しいことを知りたい、理解したい。とか。

これはつまり、未知に対して駆り立てられるタイプである。

で、現代に存在するものってのは、基本的にどの時代にも形を変えて存在する。

なので、がっつり遡って例えてみよう。

そうすると、たとえば幻視時代とかに、人間がたとえばマンモスとか木の実とかを食べていた時代、普通の人たちは、食べられるってわかってるものを食べていた。これが安住型。

が、一部の人は、それに満足できず、てか飽きちゃって、1人で勝手に守りの中に入っていく。危ないよって言われるんだけど、それは意に介さず。

で、森の中で、これまでに見たことのないキノコを見つける。

それを食べて良いのか毒があるのかわからないが、わからないが故に食べてみる。

で、そのキノコに毒があって死んだ人もたくさんいたでしょう。その場合には、ああこのキノコは食べちゃダメなんだな、ってことが人々にわかる。

あるいは、食べてみたら意外と食べれた、って場合には、そこからみんなそのキノコを新しい食材として食べるようになる。

この話の中で、キノコを最初に食べた人、つまり克己型は結局何をしたのか?

それは、新しい枠組みを引いたのである。

わかる?

克己型の人がキノコを食べる前には、そのキノコを食べて良いのか、って言うのは誰にもわからなかった。

でも、克己型が食べてみて、毒があった場合には、これは食べちゃいけない、ってことが新しくわかった。

あるいは、毒がなくて食べられる、って場合には、これは食べて良い、ってことが新しくわかった。

いずれの場合にしても、そのキノコが全く未知であったところに対して、人々がどうすれば良いのか、っていう枠を設定した。これが克己型の社会に対する貢献の仕方である。

新しいことを試して、それによって、多くの人々のために枠を作ること。

これが克己型の役割である。

そして同時に、その作られた枠を運営してその中で幸福に生きること。

これが安住型の役割である。

これは結構大事なことで、枠を考えるってのは、基本的には新しいことを模索する作業である。

つまり、今存在する枠組みとかルール、あるいは規則に対して、もっとこうしたら人々のためになるのではないか、ってことを考える作業である。

でこれは、そんなに人数がいらない。その代わりに、物事を分析する頭の良さとか、人とは違うことを主張する覚悟が必要になってくる。

つまり、量より質。質を以て新しい枠組みを模索すること。これが克己型には求められる。

一方で、じゃあせっかく枠を作っても、それを誰が運営するのか。

たとえば今のESG投資だって、政府がカーボンクレジットと買って新しいルールを作っても、それを企業が運営してくれないと意味がない。

つまり、新しくできた枠に沿って、物事を運営する人が必要である。

これが、安住型。

つまり、克己型と安住型ってのは、方向性を示す人と、その方向性へ実際に物事を運営する人、って分け方をしてもいい。

で、これは本当に両輪なので、どっちもあってどっちも成立する。だから、実際にはどっちが偉いとかではない。それを理解するのが急所だと思う。

自分はどっちなのか、をよく考えないと、下手にリーダーとか新しいものを作る側に立たないと、と思うと辛い思いをするだろう、と思う。

し、自分には何ができて何ができないのか、と言うのは、よくよく整理しておいた方がいいと思います。社会に貢献したいのであれば。あるいは幸せに生きたいのであれば。

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