SoftCityに学ぶ人間中心デザイン
2020年6月8日
建築事務所ゲール・アーキテクトのクリエイティブディレクター兼パートナーであるデイビッド・シムさんに話を伺うためオフィスを訪れた。ゲール・アーキテクトは、人間中心という考えに基づいて、パブリックスペースや都市計画に関するプロジェクトを行う建築コンサルタント企業であり、プロジェクトにリビングラボ手法を用いている。
人間中心の都市やパブリックスペースの計画といった複数の利害関係者(行政、企業、市民など)への考慮を必要とするプロジェクトにリビングラボ手法は欠かせないものだ。なぜなら、決定権を持つ行政や企業のみではなく、その街に住む、その街を最もよく知る住民の意見は本当に必要とされる街づくりに大きな役目を果たすからだ。インタビューでは、当事者の意見をもとに完成したプロジェクトの紹介もいただいた。
(事例の写真を見せながら説明してくれるデイビッドさん)
ここで述べるリビングラボ手法とは、デザインの初期から当事者を巻き込み、幾多のワークショップや実証実験を通して本当に当事者が求めているものを作り上げるための手法のことを指す。
そんなゲール・アーキテクトでクリエイティブディレクターを務めるデイビッド・シムさんがこれまでに積み重ねてきた知見が敷き詰められた本『Soft City』の出版に伴い、サイン会と小インタビューを行った。ここでは、リビングラボにも通じるパブリックエンゲージメントについて尋ねた部分を抜粋してお届けする 。
インタビュー
「デイビッドさんは当事者(市民)をプロジェクトに従事させやすくするためのツールをたくさん開発なさっていますが、当事者がプロジェクトに従事することで何を得られるとお考えですか?」
いっぱいだね。そもそも、この会社の背景にはヤン・ゲールの歴史が関わっている。彼と彼の妻の視点、つまり、建築の視点と環境心理学(社会的)の視点を混ぜ、生まれた新しい概念がゲール・アーキテクトの核となっている。パブリックライフの観察やワークショップなどを通して人間の行動・マインド・感覚を理解することが人間中心の街づくりに必要だという考えがこの会社の背景にある。
どのように人々をプロセスに取り込むか
私は、プロジェクトに取り掛かっているうちに当事者がプロジェクトをあまり理解できていないことが問題だと感じた。それは、これまで使われていたプランやセクション(建築家が使う専門的な平面図のこと)を描いたものやマップだけでは当事者にとってプロジェクトを認識しにくかったことが原因だった。平面図やマップは抽象的で理解しにくい、だから私たちは衛星写真などの新しいツールを使って参加者の理解を促した。衛星写真は、人々が実際に知っている景色である分、ただプランを描いたりするよりも想像がしやすく理解の促進につながる。
理解するということは、当事者を参加しやすくするために必要なシンプルな工夫だ。対話における例だと、50人の参加者がいて1人が話している間、49人はただ聞いているだけということになる。だから、もっと対話をダイナミックに、全員が対話に参加できるようにするために、いくつかの小グループに分けて取り組み、グループ毎の発表を行う。参加者の中には、自信を持って話せる人もいる一方で、そうではない人もいる。声の小さな人の伝わりにくい意見がとても良い意見であることもある。だから、その小さな意見もうまく拾えるような構造を作ることが大事なんだ。それはイメージを描く際にも言えることで、ポストイットを使うことで書くのが苦手な人でも簡単に意見を出せるようにする。ポストイットを使うことで、誰でも意見を出せるようになるし、よくないアイデアだったとしても、ただそのポストイットを取り除けばいいだけで、意見を出すことに臆病になるわけではないからね。参加者が今、何をしているか認識してもらうことは理解に繋がる大切なことなので、参加者に意見を出しやすい場だと感じてもらうことが大切なんだ。私たちは、恥ずかしい、うまくできないなどのマイナスな感情を参加者に思わせずに、うまく取り込む方法を考える必要がある。街には、明らかにひどい場所なのに変えることを恐れるような保守的な人もいる。なぜなら、うまく変化後がイメージできないからだ。だから、人々がイメージを持ちやすくするためのメソッドも見つける必要がある。
(前述の説明の追加で)50人の中で1人が喋るような状況でも、巨大サイズの衛星写真やポストイットを用いることで、周りにいる人は何が議論されているのか、何が起きているのかを把握できる。また、大きな写真のキャンバスの上で、ポストイットを追加したり取り除いたりと、実際に体を動かしながら参加することで、身体性が加わって何を行っているのかを理解しやすくなるんだ。
(ゲール・アーキテクトHPより)
都市計画やパブリックスペースデザインにおいて
公共の場で市民と会話をするのは大事で、市民の人たちはいい提案をしてくれる。ほとんどの場合、その地域に住む人たちは、その地域の良い場所や天候、どの道が危ないかなど、たくさんのことについて一番よく知っているからね。それに、市民たちは知覚的に優れていて、細かい点に気付きやすくもある。だから、街をどう変えて行くかの判断を下すのはその場所で生活している生成的な「街に暮らす人」が最適だと考えている。
事例からみるプロジェクトの進め方
小さなグループから大人数のプロジェクトまで、どんなプロジェクトでもまずは現状把握が必要だ。ポストイットのようなシンプルなツールで意見や経験を持ち合ってアイデアを集める。そして、どう全員を巻き込むかを考える。
サンパウロのプロジェクトでは、約100人もの参加者が集まりローカルグループごとのアクティビティやポストイットを使った参加者の理解を促進するための工夫を提供した。さらに参加者に自分たちがしていることへの理解を深めてもらうため、自分たちのアイディアは自分たちで説明してもらった。ワークショップの仕立てや説明が難しいところはゲールが手伝うという形をとった。グループディスカション、大きなグループでの衛星写真を用いたワーク、ポストイットを用いたワークなど様々なアクティビティを行った。
ワークショップにおいて最初にすべきことは、何かをデザインすることでも決定することでもなく、全員に状況を理解してもらうこと。そこから、どう進めていくかを考える。そのために、レゴを使ってプランのモデルを作ったりもした。さらに、地域の子どもを招待し、自分で街に取り入れたいものを作って、自由におきたいところにおいてもらうというワークも行った。子どもにも、自分が行ったことは自分で説明してもらうんだ。子どもをプロジェクトに関与させることは、彼らが将来その街に住む一員になるという意味でとても重要だ。また、学校でこういうプロジェクトを行うことで少し複雑なタスクにも慣れるし、大人になってからよりも子どもの頃の方が考えるのは簡単だ。そして、重要なのは子どもがプロジェクトのアンバサダーにもなりうる点。彼らが大人に未来の都市がどうあるべきかを説明する。この方法は、保守的な考えを持つ大人にとってもすごく効く方法だ。自分の子どもが人前で自分の考えを発表したりすることは、親にとっても誇らしいしね。
子どもにとっても、未来を考えることや親と会話を交えたり、何かを変えるために話をすることはとても大切だ。
彼らは、僕にも説明してくれたりする(笑)とてもパワフルだよ。
クライストチャーチのプロジェクトは9年もの長い期間を費やしている。ここでも、子どもたちがレゴを使ってパブリックスペースをデザインしたよ。その9年間の全体のプロセスをフォローし続けた。私たちゲールのスタッフ3人は、市役所の人や市民たちと一緒にフレームワークを作るために、3ヶ月以上クライストチャーチに滞在した。ゲールの役割は、全体のプロセス設計とプロセス実施の支援、あと、実際に集まったプロジェクトに関する意見や、想像などをまとめたドキュメントの作成。(ドキュメントを見せながら)3人のゲールからのスタッフと100人以上の人が参加したプロジェクトで、ゲールは一緒にプロジェクトに取り組むというよりは、人々が街を作っていくプロセスを手伝った。クライストチャーチは彼らの街で、彼らが一番よく知っている街だからね。106,000集まったアイデアの約98、9%ものアイデアは実践可能でシンプルないいアイデアだった。
ここからは、ソフトシティで取り上げられているアイデアが用いられていることをイメージとともに紹介してくれた。
(クライストチャーチ でのプロジェクトは2011年に起こった大震災の復興プロジェクト。行政を中心に『クライストチャーチ はどうあるべきか』という問いに対するアイデアを市民からオンラインプラットフォームで募集した。)
インタビューを通して気付いたこと
ゲール・アーキテクトの人間中心デザインというDNAがインタビュー中に遺憾なく取り上げられていたように思う。あくまで、当事者である市民が中心となってプロジェクトを進めていくことの重要性や、企業側がとるべきファシリテータ的(当事者がいかにプロジェクトを理解し真摯に取り組めるかを工夫する)新たなデザイナーとしての立場など、参加型デザインの道標となる情報をたくさん頂けたインタビューだった。特に、印象的だったのは子どもも1人の当事者として捉え、プロジェクトに巻き込んでいた点だ。その街の将来を担う1人の人間として、プロジェクトに取り込もうとする姿勢は平等性を大切にするデンマークの特徴であるように感じた。場のデザインはコミュニティのデザインでもある。そう捉えることで、新たに見えてくる切り口もあるだろう。
参照
・ゲール・アーキテクトHP https://gehlpeople.com/