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読書の記録 大崎梢「よっつ屋根の下」
ある家族の10年間
父の転勤(左遷)に伴うある家族の10年間が
長男、父、母、長女、長男とそれぞれの視点から描かれる。
父の転勤が決まったとき、母と長女は東京に残り
長男だけが父の転勤先である銚子について行くところから物語は始まる。
母と長女はなぜついて行くことができなかったのか、
父はなぜ左遷とも言える転勤をすることになったのか、
はじめは長男の視点、それも12歳という子どもの視点から
描かれるため腑に落ちない、だけど何かあるんだろう、と
感じさせる描写が続く。
それが、立場を変えて、視点を変えて
父の視点から、父が若い頃の出来事から
母の視点から、母の幼い頃の出来事から
描かれることでだんだんと家族ひとりひとり葛藤や感情
そしてその違いが凸凹と見えてくる。
その凸凹を互いに理解しあい受け止めるの10年の物語であった。
この本の帯に書かれている言葉は
家族は「ひとつ」じゃなくても、いい。
幸せのかたちは、みんな違っていい。
この本の帯を見て手に取った記憶がある。
この本と私の出会いは2年前、当時付き合っていた彼と
神保町の古本屋をぶらぶらと見ていたときだった。
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家族になるということ
この本を読み終える頃、思ったのは
「そうだよなぁ、家族っていうのは
この考え方や価値観の違いを大なり小なり
受け止め合うってことなんだな」ということ。
それぞれ生きてきた中で、身近にいた人の考え方、誰かに言われたことから
時間をかけて、その人の価値観や信念がつくられていく。
それは血のつながった家族だからといって、分かり合えるとは限らないけど
血がつながっているからこそ、共感できてしまうこともあるだろう。
この本に登場する家族はその凸凹の角を削ったり無理に変形するのではなく
距離を置きながら、テトリスみたいに上手くハマる向きをゆっくりと探していたように感じた。
私にもいつかそうやって家族になる相手を見つけられるのだろうか。
ちなみにこの本に出会ったとき、隣にいた彼とはその3ヶ月後くらいに別れた。その彼との凸凹は上手くハマる向きを見つけられなかった。見つけるのを諦めた。
いつかその凸凹がハマる相手や、凸凹があってもやっぱり惹かれていて
大事だと思える人がいるといいなと思う。血のつながった人以外と家族になるってどんな感じなんだろう。一度経験してみたいという気持ちは少しだけある。
生まれ持った家族について
この本を読みながら、生まれ持った家族のことも頭に浮かんだ。
両親は離婚し、母子家庭。今はそれこそ3つ屋根の下。
だけど電話もよくするし、たまに旅行も行く。母の住む実家にはよく帰る。
この本を読み終える前も、母と電話をした。
その時に聞いたのは、母の人生のうちの一幕。
電話の大半はくだらない話だけど、時々漏れ出てくる母の人生の一幕は
なかなかにドラマがあり、その出来事が今の母をかたちづくっていることを実感する。
おばあちゃんにも、いとこにも、
姉にも私にもそれぞれの物語があって
その点と点が互いに
この本みたいにつながっているんだなと思った。