扉を開く
美容院に行ってきた。
たまたま。
担当の美容師の先生も「博士ちゃん」のエジプト&ミイラ好きの博士ちゃんの回を見ていて、『あのこはすごい』と盛り上がった。
先生は博士ちゃんのエジプト好きに感銘を受けたザビ博士が、まだ公開していないというエリアへ案内し、扉を開けた途端、博士ちゃんが感動して正面に展示された王の名を叫んだ時、周りにいたザビ博士のお弟子さん?みなさま凄い博士たちだと思うのですが、が、うぁぉと声なき声を上げて驚いたのにいたく感動したそう。
そこで、『この子はすごい』と驚いたその人たちも偉い!わかる人にはわかる、(すごさが)、わからない人にはわからないのに、と感動したんだそうです。
二人して、同感・同感、となった。
みんな、博士ちゃんのすごさに感動して、次の扉を開いてくれた、そして、開いた扉について、やっかむことなく、
『この子なら!』
と思ってくれたことに、素直に感動した。
博士ちゃんの前に、開くべきドアは全部開いたのだ。たぶん、エジプトのt地を踏んだだけで、テレビは成立したと思う。
だけど、衣装を決め、ミイラを持参し、地面の穴を計り、像の高さを計り、ここにあるべき王の像について質問したとき(積み重ねもまた)、相手の心が変わったと思う。
日本(エジプトにとっては外国の)のテレビ局の取材だから、ある程度まで未公開エリアの公開をしてくれる予定ではあったのかもしれない。
だけど、国策で「公開する」と決めていたから、未公開エリアに案内したとしても、通り一遍の『観光案内』をされて、ロケが終わる可能性もあったと思う。
だけど、エジプトの方たちの対応は、同じ研究者としての真摯さが伝わるものだった。視聴者をしてそう感じさせたのだから、現場の熱心さはもっとだったのではないだろうか。
エジプトについたとき、付き添いの博士ちゃんのおかあさんは泣いていた、うれしくて。
大変な子育てだったと思う、思い通りにならないし。でも愛しているから頑張ってほしいし。
博士ちゃんの身になって考えた時、実感のない本人より先に感動しちゃったのかもしれないし。その愛。
私はおかあさんの涙にも感動した。
美容室で、先生といろいろ言い合っていて、その、未公開エリアの場面での感動の質をやり取りしていたとき
「こう、なにか扉が開いた感じだった」
「そうそう、それ!」
というやり取りがあって、
「今日のテーマは『扉が開く』ときだね」
となった。
「扉が開く」
本日のテーマ「扉を開く」に気づいて、いろいろ思いつくまま話した。
他愛ない話をしていたはずが、仕事の話になった時。
講演会を紹介されて、勉強会に発展した話。
扉が開かなかった、もしくはシャットダウンされてしまった苦い思い出も出てきた。例えば、ヘビースモーカーの親友がいた。ある講習会で喫煙がいかにダメかの証明を聞いて、大事な親友に伝えたところ、連絡が途絶えた。とか。
仲間と文集のようなものを作ろうと頑張ったが、締め切りに間に合わなかった、とか。
幸運の女神の前髪は至る所にある。
扉は開かるべくして開くのだ。
それを教えてくれたすごい番組だったと思った。