『海の向こうでこんなこと言われた』#15
「日本人は○○用の蔵を持ってるんだって?」
ベルギーに行ったら古都ブリュージュを見ない手はない。
哀愁の小説『死都ブリュージュ』で有名なこの水の都は、緑に覆われた石畳の道、運河、市庁舎、教会‥燻んだ石積みの壁際から中世の僧侶や市民がふと現れそうで、妙に懐かしさを覚える不思議な街。
高所恐怖症の僕が83mもある鐘楼に登る気になったのも、街の空気に酔ったのだろう。
鐘楼からの眺望は超絶!
青い森と静かな家並みと煌く運河、聳り立つ教会の塔‥
「近代」は何一つ目に入らない。
‥この街にはまた必ず来たいと思う。
無論、アントワープ聖母大聖堂にも行った。
『フランダースの犬』のラストシーンでネロとパトラッシュがその前に横たわったルーベンスの「キリストの降架」の前に腰を下ろし、犬好きの私はさめざめと泣いた。
さて、ベルギーはチョコレート、ベルギーレースなどが有名だが、
我々はやっぱり「キュゥアーズ」と呼ばれる地ビールがお目当て。
フルーティで味わい深くそれでいてあと口サッパリ。醸造元はいくつもあり、パブには其々に専用のグラスジョッキが用意されている。
小さいバケツにいっぱいのワイン蒸しムール貝を殻から外し口に含んでむにゅむにゅと海の香りを満喫。そこへキリッと冷えたキュゥアーズを流し込む。
これはたまりません!!!
1週間滞在したホテルのバーにアランという若いバーテン。本業はファッションモデルだという彫りの深い二枚目。
直ぐに仲良くなり、3日目以降は僕らの帰る時刻を見越して、通りに面したバーの表の壁に手を当て足を組んで待っているので素通り出来なくなった。
カウンターでもボスの目を盗んで色々サービスしてくれる。
僕がジンが好きだというと、ビアグラスになみなみとジンを注ぎ、片目をつぶって出してくれた。
‥いや、これだけのジン、ストレートで飲んだら死んじゃうよ‥
君らの芝居を観たいと、休みを取って最終公演に来てくれた。
終演後「連れて行きたい所がある」と言うので、ホテルに楽屋荷物を置き、天宮良君と一緒に付いて行った。もう23時近い。
すると大きな教会の敷地にどんどん入って行く。
ここは何?
教会の建物の脇のドアを入って地下に向かう。
何とそこはワインバー!
壁は全て煉瓦。昔、教会で造ったワインの貯蔵庫だったという。ほぼ満杯。階段を下へ下へ‥最下層の地下5階で空席を見つけた。
熱気が満ちて汗ばむ体。冷えた白ワインが喉に滲みる。
直ぐ横の長テーブルで十数人の若者たちが賑やかに喋っていたが、そのうち歌になり、輪になって踊り出した。テーブルの上にも何人か。
我々は芝居の話からやがて世界の核の話、シリアストークの最中。でも迷惑とは思わなかった。こっちまで楽しくなってくる。
彼らが手招きする。
で、その輪に加わった。
カメラを出して写真を撮ろうとすると、隣にいた若者が言った。
『日本人は家に、撮ってきた写真を入れる蔵を持ってるんだって?』
‥悪戯っぽく笑っている。
カメラをしまい、出鱈目に歌い一緒に踊った。
日本のある作家のエッセイ‥
「日本人はカメラに『そこへ行った証拠』を残すのに一生懸命で、心で景色や歴史を味わっていない」
いい夜だった。
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