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占エンタメシリーズ② 瀬尾まいこ 『強運の持ち主』で学ぶ解決を提供する大切さ

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 ショッピングセンターの占い師が主人公の珍しい連作短編

 占いエンタメシリーズの2回目は人気作家瀬尾まいこさんの連作短編『強運の持ち主』(文春文庫)です。主人公はショッピングセンターの二階の奥のスペースで占いをしている占い師のルイーズ吉田(本名・吉田幸子)。占い師の出てくる本やドラマは色々あるけれど、商業施設の占い師が主人公の小説は珍しい。そう、主人公の職業は私と同業者なんです。ですから、興味津々で手に取りました。

 最初に言っておきますと、この小説、さらっと読めて読後感も良いのですが、傑作ではありません。瀬尾さんといえば、2001年(平成13年)、『卵の緒』で坊っちゃん文学賞大賞を受賞してデビューし、2005年(平成17年)、『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、2008年(平成20年)、『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、2019年(平成31年)、『そして、バトンは渡された』で本屋大賞受賞という輝かしいキャリアをお持ちの作家です。そういった受賞作に比べると設定も荒いですし、ほのぼのとはしているけれど、大感動するほどのエピソードがないのです。ただ、占い師として共感するところや学ぶべきところもあると思ったので、取り上げてみました。

現実は未経験の占い師を時給で雇う会社は滅多にない

 瀬尾さんはきっとこの小説を書くにあたって、占い師を取材されたと思うのですが、現場にいる人間からすると、非現実的な設定が多々あります。まず、ルイーズは上司と折り合いが悪くて会社を辞めたのち、お金に困ってアルバイト情報誌で占い師の仕事にありつきます。その際の求人広告には「未経験者大歓迎。時給千二百円。おしゃべり好きなあなたなら簡単! 誰にでも勤まります。一人でできる仕事だから、わずらわしい人間関係もなし」と書いてあるのです。

  そして、お客から名前と生年月日を聞き、姓名判断の本と四柱推命の本をもって、当てはまるところを読んで聞かせます。さらに、それすら面倒になって、相手の顔を見て直感で占うようになります。すると自分自身の言葉なので説得力が増し、人気占い師となって、所属する「ジュリエ数秘研究所」が運営する占い館から独立する形で、ショッピングセンターで一人で占うようになるのです。

 小説としてはありかもしれませんが、実際には未経験の占い師を雇う会社は滅多にありません。目の前の占い師に本を読まれたら、素人を雇っていると本部にクレームの電話が入るでしょう。それから、霊感や霊視も商業施設ではNGです。手相、四柱推命や占星術、タロットカード、私のやっている数秘術でも、一定の占術に基づいてやっているので、なぜそういう結果になったか説明できるのです。ですが、霊感や霊視は根拠を示すことができません。商業施設はパブリックの場ですから、クレームが付く可能性のあるものを販売することは許されないのです。

 時給で占い師を雇う会社もないと思います。朝10時から夜9時まで営業していれば、日給は一万三千二百円です。新人ならゼロの日もあるので、時給の方が有り難いですが、逆に1日に10人もお客さんが来る人気占い師なら、運営会社に50%の所場代を払っても2万近く手元に入るはずなので、割にあいません。このシステムだと力のない占い師ばかりが残ってしまうでしょう。

ルイーズは様々な手段でお客の悩みを解決していく

 ここまで引っかかる点を挙げましたが、良いところもあります。それはルイーズがお客様の悩みや問題を積極的に解決しようとする占い師だということです。小説は「ニベア」「ファミリーセンター」「おしまい予言」「強運の持ち主」という4つの短編で構成されています。

 最初の「ニベア」では鑑定所に八歳の少年がやってきます。1回目は「どのスーパーに行くべきか」、2回目は「掲示係か図書係のどちらが良いか」を聞いてきます。そして3週目に「お父さんとお母さん、どっちを選んだら良いか」と質問するのです。ルイーズは離婚の相談だと早合点して悩みます。占いで答えるには責任がありすぎる問いかけだからです。

 悩む彼女に運営会社の代表ジュリエ青柳は父親と母親の顔を見て決めろとアドバイスします。そこでルイーズは同棲している市役所勤めの恋人・通彦と一緒に少年の家に行くと、女装して家の中に入る父親を発見します。実は母親は少年が一歳の時に交通事故で亡くなっていて、父親は母親が死んで以来、泣き止まない息子のために、家の中では女装して過ごしていたのです。

 その話を父親から聞き出したルイーズは「あの人についていったら間違いないと思うよ。だけど、そろそろ解放してあげてもいいかもね」と少年に告げます。実は少年も成長過程で女装しているのは父親であることに気付いていました。少年はルイーズの提案に納得し、「うん。またね」と言って手を振って帰っていきます。占い以外の手段ではあったけれど、ルイーズは行動することで必要な情報を入手し、お客様の悩みを解決したのです。

 次の「ファミリーセンター」では再婚した母親の相手、つまり義理の父親と打ち解けられずに悩む女子高生、「おしまい予言」では終わりのわかる大学生、「強運の持ち主」ではルイーズのアシスタントになった竹子と恋人通彦が登場します。このなかで個人的に面白かったのは、最後の「強運の持ち主」です。

「強運の持ち主」は実は天職に出会ったルイーズかもしれない

 通彦はルイーズのお客だった青年で、あまりの強運の持ち主なので、ルイーズが自分の恋人になるように上手く仕向けてゲットした相手でした。平凡な公務員で、へんてこな料理をつくる癒し系の草食男子です。ところが、いつまでたっても強運の兆しは現れそうになく、それどころか、市町村合併で公務員が整理され、失業するのではないかと将来に不安を抱きます。ルイーズの占いでも通彦には運勢下降の暗闇の中に入ろうとしていました。そこで彼女はありとあらゆるラッキーアイテムを身に付けさせ、なんとか恋人の不運を回避しようとするのですが、通彦は役所を辞めてIT企業を起こした鍋島先輩の会社へ転職しようと考えます。

 ルイーズが珍しく真剣に占ってみると、転職先の会社は方位が良く、通彦と鮫島先輩との相性も良くて、転職は吉とでました。ですが、ルイーズは市役所を辞めてIT企業で働く通彦がイメージできず、ピンと来ません。鍋島先輩のことも好きになれませんでした。浮かない顔をしているルイーズにジュリエ青柳はこう言います。

 「あなたは今までさんざん、直感だけで占ってきたんじゃない。・・・身近な人だからこそ、直感が働くんじゃない。・・・身近な人のことなんて、わざわざ星を計算しなくたって、わかるでしょう? しかも、あんなぼーっとした男、占いなんて必要ないわよ」

 その言葉に背中を押され、ルイーズは占いの結果は良いけれど、一緒に暮らした自分の目から見ると、IT企業への転職はダメだと伝えます。そして最後に「占いに直感に、アシスタントに師匠に恋人に。いろんなものを頼りに進んでいけば、なんとなくそれらしいものにたどり着けそうな気がする。」という結論に辿りつくのです。

 この小説はルイーズ吉田という占い師の成長物語でもあります。最初は占い本を読んで聞かせるだけの素人だった彼女が、目の前のお客を観察し、直感や想像力を使い、恋人、大学生、シングルマザーのアシスタントなどと触れ合う中で、占いとは様々な手段で人の悩みや課題を解決していくものだと気づくのです。つまり、自分のそれまでの経験や知見をすべて投入して解決に当たるのが占いということです。ですから、良い占い師であるためには、人間として広い視野と愛情を持ち、真摯に人と向き合わなければなりません。どんな職業もそうだと思いますが、人間としての成長が占い師としての成長なのだと思います。

 何をやっても長続きせず、営業職を途中で投げ出した吉田幸子は、ルイーズ吉田となり、占いという天職と出会ったのです。タイトル「強運の持ち主」は恋人通彦のことを指していますが、実はルイーズこそ強運の持ち主のように思えてなりません。


  

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