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シロクマ文芸部¦旋律の花が咲くとき

夢を見ることを諦めたのはいつだっただろうか?

ギターの音が空気を揺らし、ライブハウスに伝わる低音が身体を震わせる。目の前には光の粒が舞い踊り、観客たちはその波に、身を委ねながら手を高く掲げている。まるで、その光の粒を掴むかのように真っ直ぐに。

叫び声と歓声が混ざり合い、耳をつんざく音の中に、熱気が溶けていく。わたし自身が溶けていく。

「あぁ、暑い…」

首元に流れる汗が背中をつたう感覚に、顔をしかめる。それでも目を逸らすことはできなかった。ステージ上にいるバンドのボーカルが叫び、ギターリフが鋭く響く。咲良さくらの声が、この空間を支配している。

わたしも、あのステージに立っているはずだった。立ちたかった。

高校生の頃、放課後の部室で、咲良さくらと一緒に作った曲を練習しながら夢を語り合ったあの日。ライブハウスで、初めて自分たちの曲を披露したときの、震えるような高揚感。

確かにその瞬間、わたしたちは輝いていたはずだった。けれども、輝いていたのは、咲良さくらの方だった。透き通るようなハスキーな歌声。聞いたらすぐに、咲良さくらだと分かるような唯一無二の声。

大手の音楽事務所から、声が掛かった。それを聞いて、舞い上がったわたしに、言いにくそうに申し訳なさそうに、傷ついたような顔をした、咲良さくらのあの時の表情を忘れられない。

ぽつん、と、ひとり残された音楽室では、無音の音が流れていた。

逃げるように、忘れるように、勉強に打ち込んだ。現実はいつだって、「夢を追うには遅すぎる」とささやき続けてくる。

ステージの上の彼女が、弦を掻き鳴らしながら歌う。その声は、まるで、わたしの心を撃ち抜いているように、鋭く、けれど、どこか懐かしく、胸の奥底に沈めたはずの何かを引きずり出していく。

咲良さくらは変わらない。いや、変わったのかもしれない。あの頃よりもずっとずっと、輝いている。観客の目はみんな、彼女に向いている。彼女の世界が、できあがっている。

まるで、夢の続きを見ているようだ。

どうして、あのとき諦めてしまったのだろうか?

自分に問いかけながら、目を瞑る。

いや、違う。わたしは逃げた。あの無音の音楽室から、わたしは逃げた。背を向けたのは、わたしだった。彼女のような才能には勝てないと、心のどこかで、知っていた。現実を選ぶことで、わたし自身を守ったのだと信じてきた。

でも…。いま、目の前で歌う咲良さくらを見るたびに、胸を締め付けられる。

ねぇ、わたしの選択は正しかった?

そう、叫びたくなる気持ちを堪えながら、咲良さくらを、見つめる。彼女は汗を拭いながら、息を整えつつマイクを握り直した。その瞬間、咲良の視線がわたしを捉えたように感じた。ほんの一瞬。だけれども、間違いなく目が合った。

「次の曲は、高校時代に書いた、大切な曲です」

そのことばに、心臓が跳ね上がる。いや、そんなはずはない。きっと別の曲だろう。ドキドキと早まる鼓動を必死に抑えながら、耳を傾ける。

無音の時間が、とても長い。

ギターのイントロが鳴り響く。

「あっ…」

それは、紛れもなく、わたしたちの曲だった。

わたしと咲良さくらが初めて一緒に作った曲。

ふたりでギターを抱え、必死になって作り上げたメロディ。どんなに音を外しても、どんなに完成が遠くても、ふたりでならきっとできると思っていた、あの一生懸命だった日。まだ、未完成だったギターの音が鳴り響いていた、音楽室。

「聴いてください『ひとつの光』」

彼女の声が、音楽とともに会場全体を包み込む。

「揺れる影の中で ふたりだけの音楽
夢を追いかけた日々 いまも胸に刻んでる
別々の場所で花咲かせよう♩」

涙が頬をつたる。気づけば、わたしは光の粒の中で手を伸ばしていた。まるで、あの夢を掴み取るかのように。

終-【1504文字】


こちらの企画に参加させて頂きました✧*。

#シロクマ文芸部
#夢を見る

まだまだ長文(と言える程でもないけれど)の物語は書き慣れていないなぁと、シロクマ文芸部を書く度に思っています。毎日2000字ずつ、物語作ることを自分に課そうかな。10日で2万字。一つの作品にはなりそう。憧れの方がnoteで書いていた気がする。

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紫吹はる
いつもありがとうございます。喫茶店で珈琲飲みながら、優雅に創作します(嘘)。頂いたものは、記事を書く際の題材として使い、お返し出来たらな…と思っています。

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