きっと一番の移住のネックであろう、仕事探し。 なんと言っても、給料が安いことで有名な沖縄県。 私が沖縄にきて、WEBやハローワークで探した時は、時給900円あればいい方(7年前です)でした。 その頃(2017年)の沖縄県の最低賃金は810円。 当時でも、え?高校生の時給?って思いました😂 そして正社員でも、最低賃金✖️労働時間、なところが多く、810円✖️160時間で129,600円(税控除前) くらいな給料で、生きていけるのか?これは??と真剣に思ったものです😣 安い
不動産屋のてーげにびっくりしたネタはまだまだあります。 入居前にすでに2つのびっくり。 1つは①にも書いた、完成時期のアバウトさ😂 もう1つはWブッキングです。 我が家は勢いで移住を決め、アパートも完成していなかったため、内見もしておらず。 現地近くに住む親族が手続きをほぼしてくれていました。 移住の日程より遅れること3ヶ月後に完成したアパート。完成後に見学会がありました。 とは言ってもあっという間に満室になったらしいので、参考程度に見に来る人と、入居予定者くらい?
沖縄の不動産屋について 思い出したので、順不同ですが記事にしておこう。 てーげーとは、いいかげん、とか適当、とかの意味。 我が家の引っ越しは7月。 引っ越し予定のアパートの完成予定は5月末。 少しのびそう、と聞いていましたが、 引っ越し荷物を送るし、引っ越した時にアパートができてなかったら大変! と不動産屋に電話。 私 「あのー6月半ばに完成のびたって聞いたんですが」 不動産屋 「そうそう!天候とかあってさー」 私 「7月頭にもう引越し日決まってるんですけど
長男は当時小学校に入ったばかり。 学童に無事入れて、小学校から学童まではみんなで歩いて行き、帰りは親がお迎えに、を1ヶ月ほどして、ようやくお迎えを卒業して1人で大通りを横断して帰って来れるようになったばかり。 都会の学童は、とっても狭いマンションにぎゅうぎゅうヅメ。 庭もなく、目の前は車の通りの多い道路。 と環境としては最悪⤵️でしたが、 指導員さんたちがとても素敵で、 本当によくしていただき、そのおかげで環境の悪さはどうでもいい、くらいに思えました。 さて、沖縄移住をき
さて、思い立った勢いのままの移住準備。 当時、次男は保育園児。 当然私は仕事を辞めて移住するので、無職。 子どもは保育園に入れるのか?? とりあえず引っ越し先の自治体に電話。 「 そちらに引っ越し予定で、求職中なんですが、、🥹保育園って入れますか?」 「ああ!どこかには入れますよ!」 の即答!! 田舎万歳🙌 なんの問題もなく、保育園探しも必要なく、 住むアパートから一番近い保育園に入れてくれました。 ちなみに当時次男は3歳。 これが1〜2歳だったら難しかったか
引っ越し屋さんはサカイに。 いくつか見積もりをとりましたが、サカイが一番安かったです。 荷物はメルカリなどで売れるだけ売って少なくしました。なんせ、戸建てに住んでいたので、狭いアパートに入りきる荷物の量にしなければいけません。 車は陸送なので、船を手配🚢 ここでひとつ。 沖縄仕様でない場合に、塩害予防の塗装をする必要があります。絶対しなきゃいけないわけではありませんが、あっという間に錆びるので絶対に底だけでもしてください。 これを行く前にやるのか、ついてから沖縄でや
思い立ったら移住していたので、準備期間があってないようなものでした。 まず、住むところどうする? 今の家どうする?車は? 引っ越し業者は? 子どもたちの保育園、学校、学童は??と。 まず、親戚のいる近くがいいよね! 知らない土地だし! ということで、住むエリアはそうそうに決まりました。 沖縄本島北部の小さな村。 さて、アパートは? マンションとは言わない、沖縄県民。 鉄筋だろうがアパートです! 沖縄のアパート、低層が多いこともあり、エレベーターがついていないことも
横浜に住んでいた8年前。 上の子が小学校1年生。下の子は年少。 親族がいたので、沖縄へは毎年遊びに行っていました。 ふと、移住したいな!と妄想。 そんなとき、まっさきに思い立ったのが沖縄。 次の候補が長野。 真逆?とまではいかないけど、 軽井沢もよく遊びに行っていて、 とにかく都会の喧騒や受験戦争や物が溢れているところで子育てすることに若干の疲れを感じはじめていた私は田舎に行きたい、と思ったのでした。 計画性はないけど勢いだけはある我が家。 いろいろ端折りまくりま
沖縄に移住してはや8年。 ここは日本なのか?と思うような異文化世界。 毎日が驚きの連続で、刺激的だった1年目が懐かしい😌 記憶が薄れゆかないうちにこれから記録として残しておこうと思います。