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すゞめ-2

学校は港町に三校あり、地区別に児童は通っております。わたくしは学校の終わった後、母のお使いで干し魚を買い、バスに乗って夜近くに家に帰りました。

「お母さん、聞いてください。わたし、綴り方で一番になったのです。」

 土間の台所で夕飯の用意をされていた母は、わたくしの声に「それはよかったですね。」とおっしゃい、それから手を止めて、ちょっと振り返りました。

「一番ですか?初めてですね。いつも、一番はコギノさんのとこの娘さんでしたでしょ?」

 母にそう言われて、わたくしはコギノさんへの失礼を思い出し、急に、気持ちがしぼんでしまいました。

「ええ、そうです。でも、他では全部、コギノさんが一番です。数学でも男子に負けないんです。」

 母は、そうですかメルも頑張ったのですね、と笑顔になられて、タスキをかけた背を向け、料理に戻られました。

「コギノさんは勉強熱心なのですね。」

母はそう言われた後、手を止めコギノさんの家の方を、少し見上げるようにしました。コギノさんの家は、わたくしの家より上の、田畑の向こうにあります。「……お父様は、まだいらっしゃいませんね。」と母は息を吐くようにおっしゃいました。


三年前の秋、この村にやって来た時のコギノさんのことを、わたくしはよく覚えています。竃にくべる松葉を集めに、外に出ておりました七つのわたくしは、坂道を登ってくる男の人と、手を引かれた同じ年くらいの女の子に釘付けになりました。村では見たこともない、ベージュの背広に、ベージュの帽子を被った男の方は、左手に大きな旅行鞄と、右手に、白く丸い帽子を被った女の子を連れていました。

背広の男の方は坂道を登り、村のコギノさんのお家を訪ねました。驚いて、後をついて行っていたわたくしは、男の方が玄関で何かお話になる間、家の前に立っていたお嬢さんに、目が奪われました。

白い帽子を両手に持ち、細い足に力を入れ、じっと前を見据えて立っている娘さんは、それだけで凛々しい少年のように思えました。前髪を眉の上で切りそろえたおかっぱを、後ろから夕日が照らしておりました。

紺袴を合わせた、小さな顔を照らすきなりの水兵襟からは、なんとも言えない都会の風が吹いていて、松葉をくっつけたわたくしは、その少女から目が離せませんでした。

港町の旅館で女中さんをしているとお聞きしておりましたコギノ家の娘さんが、コギノ・エダさんのお母さまだと、後で母にうかがいました。

コギノさんをお連れになった男の方が、お父様で、お母さまは、この年の春に病気でお亡くなりになったといいます。それから、コギノさんのお父様は、一度も村にいらっしゃっておりません。お父様は都会の大きな会社に勤められており、お仕事で様々な場所をお訪ねになるため、娘をコギノのお家にお預けになったのだと聞きました。

わたくしは同じ年の女の子が、村に初めていらっしゃって、とても嬉しかったのです。けれど都会的な空気をまとったエダさんは、わたくしにも、村の他の子にも近づき難く、小学校に転入してからも、エダさんがお友達と一緒にいる姿を、見かけたことがありませんでした。



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桜ノ本棚
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