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ギリシャ神話の話9 テセウス7 アテナイ編 後編

「英雄殿は酒が強いようであるな」
メデイアはテセウスにそう声をかけると酒の入った水差しをテセウスの眼前に差し出す。
「なんや暑くて喉が渇いてしゃあないねん。おおきにな」
そう言い笑って水差しを受け取ると自身のグラスになみなみと注いでいく。
注がれた果実酒はシュワシュワと泡をたてている。
「なんやこれ!炭酸やん!」
テセウスは驚き思わず立ち上がる。
勢いよく立ち上がったことで立て掛けていた剣が倒れ音を上げる。
「タンサン?」
音に驚きつつもメデイアはテセウスのグラスで音を立てて泡立ち消える不思議な酒に疑問を投げる。
「テセウスお前のその剣は・・・!!」
剣が倒れる音が響き、音の先を見るアイゲウス。
剣の刀身に輝きにアイゲウスは記憶の蓋が一気に開いた。
「炭酸水めっちゃ好っきゃねん」
そう言って飲もうとするテセウスのグラスを電光石火の手刀でアイゲウスはテセウスの手から叩き落とした。

「こんな怪しいあわあわの酒を飲むでない!」
初めて目にする炭酸水にアイゲウスは慌てふためく。
「いやこれ炭酸の酒やって」
無知なおっさんもいたもんだとテセウスは呆れかえる。
「だからタンサン?とはなんなのだ」
メデイアは先程からの質問に答えてもらえず炭酸水の入った水差しを手に再度の疑問を投げかける。
「炭酸ってのはな、なんやこうシュワシュワと」
「ええいそんな奇怪な酒のことはどうでもいい!テセウス!」
「どうでもはよくないやろ、珍しいやつやねんで」
「王は急に興奮してどうしたというのだ」
大声をずっと張り上げるアイゲウスにメデイアは怪訝な顔をして様子をうかがう。
「テセウス!よくぞ来た!テセウス!」
「何回呼ぶねん。バグったんか?」
「王よ、もう酔ってしまわれたのか?」
訝し気にアイゲウスを見つめる二人。その視線を振り払うようにアイゲウスは一際大きな声をあげる。

「テセウス!その剣は!テセウス!」
「剣はテセウスちゃうで」
「その剣は!剣!つまりソード!」
「ほんまにバグったんかもしれんやつやん・・・」
先程から意味が読み取れない言葉を紡ぐアイゲウスにより一層不振感の高まる視線を投げる。
「剣!つまり!おまえ!おれのむすこ!」
「片言やん」
「むすこ・・・息子・・・?」
メデイアは王の言葉を暫し理解できなかった。その言葉を何度か反芻しようやく飲み込むことが出来た。
「テセウス!!!お前は我が息子だ!!!!」
アイゲウスが両の手を広げ高らかに宣言する。
宴に集まった者達は全員アイゲウスの方に向き直る。
それまではガヤガヤとしていた宴の会場であったが、アイゲウスの宣言を聞き静まり返る。
「え、そやで。あれ?言ってへんかった?」
テセウスは頬を掻きながらアイゲウスにそう伝える。
やがて宴に集まった者たちから波のように讃える声が響いていった。
「「おおおお!テセウス王子!テセウス王子!」」

メデイアは危惧していた。
子のいないアイゲウスの元で后となり、アテナイで盤石な地位を築こうと思っていたからだ。
しかしテセウスの出現でその目論見は叶いそうにないことを悟る。
ならばテセウスを始末するか?いやあの怪物をワンパンで沈めるような傑物を例え闇討ちしたとして仕留められる気はしない。
このままここにいても王権がテセウスに移った時点で自分の地位は崩れるだろう。
その時に自分の命の保証は?きっとできない。政争ってそういうもんだ。
納得したメデイアはテセウス王子の登場に沸き立つ宴から隠れるように慌てて王城を飛び出す。
これからどうしたもんかと歩いていき、メデイアの姿は闇の中へと溶け消えていった。

アイゲウスはすっかり自身の息子であるテセウスに気を許していた。
長らく親族に恵まれなかったが、化け物を一撃のもと退治できる強さを持ち、気の良さも見せ我がもとにやって来てくれた愛息。
アイゲウスに肩を抱かれるテセウスも漸く叶った父との対面に頬をほころばせた。

テセウスの第一の目的であった「アテナイに行き父と会う」ということは数々の労苦を乗り越え達成することはできた。
しかしテセウスの目的はこれだけでは終わらない。
各地に英雄がひしめき合い終わることのない闘争が続くギリシャに、自身をそしてアテナイという国を轟かせる。
これが安寧に続く道だろうなと笑う父を横目で見ながら、想いを改めて感じるのであった。

テセウス、アテナイへ行く 完

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