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ギリシャ神話の話9 テセウス7 アテナイ編 前編

「アテナイの王宮はなんやえらい空気重いんやな」

扉を勢いよく開け入ってきた若者は開口一番に言い放つ。
ここは王宮の王の間だというのに慇懃無礼な態度は崩さず、頬杖をつくアイゲウス王にそう問いかける。
「誰だ、お前は・・・?」
気だるげに問いかけるアイゲウス。その問いを受け口角を上げると、両の手を腰に当て良く通る声で答えた。
「ワイはテセウス!いずれギリシャで一番の英雄となる男や」
その返事に王の傍らにいた女が眉をひそめ呟いた。
「テセウス・・・?」

女の名はメデイア。道を歩けば誰もが振り返る美しい女だが、その正体は魔女だ。
テセウスのを聞いたメデイアはかつて夢で受けたお告げを思い出した。
そのお告げではテセウスのせいでメデイアをアテナイから追放されるというものであった。
「ワイのこと、分からんか?」
そう言いテセウスが一歩前に出ると、メデイアはハッと我に返りテセウスの歩みを遮った。
「無礼者!ここは王の間だ!流れの何者か知らぬものが足を踏み入れていい場所ではないぞ!」
そう言いはなつメデイアを見てテセウスは片方の眉を上げ口をへの字に曲げる。
「なんや、何者ってテセウス言うてるやないか。なんや?そこそこ功績ならあるで」
「功績?そんな汚いナリをしてそんなものがあるはずがない。なんだ?聞いてやるから言ってみろ」
「えーっと棍棒持ったオッサン倒したで」
「そんなものが功績と言えるか!」
「他にもあんねん」
「ほう、言ってみろ」
「あー木を曲げて人間飛ばすオッサンも倒したったわ」
「木を・・・?」
棍棒はまだしも『木を曲げる』が想像つかず首を傾げるメデイアとアイゲウス。
「そんなわけわからんオッサンが何だというのだ」
「いやいやまだあんねん。ほれ、あの猪。そうそう猪倒したわ」
「猪を倒したくらいで功績と呼べるものか。その辺の猟師でも倒せるではないか」
「いやいや猟師と並べんなや、こちとら棍棒でホームランしたんやで」
「棍棒で・・・?」
パッカーンと大きな当たりを想像するメデイアだが、頭を振りその思考を振り払う。
「・・・コルクバットか?」
アイゲウスがそう聞くとテセウスは首を振った。
「いや棍棒、オッサンの」
「それ最初のオッサンのやつじゃないか」
メデイアは思わず切れ味鋭くツッコミを入れる。
「他にもあるで、功績」
「まだあるというのか。言ってみろ」
フフンとふんぞり返るメデイアに思い出しながら答えていくテセウス。
「メガラでな、足洗ってくるオッサン倒したわ」
「・・・それは妖怪じゃないのか?」
『足洗ってくる』が引っ掛かり物の怪の類と予想するメデイアは恐る恐る問いただす。
「妖怪ちゃうわ。ちゃんと足あったで。その足でワイのこと蹴っ飛ばしてな、そんでそのまま足滑らして落ちてったんや」
「それはただのドジだったオッサンであってお前の功績じゃないじゃないか!」
「あれ、ホンマや」
軽くため息をついたメデイアはやれやれと言った感じで
「もう功績話はお終いか?」
とテセウスへと問うた。
「いやあるで」
「まだあるのか」
「おお、舐め腐ったレスリングチャンピオンのオッサンが襲ってきてな」
大好きなレスリングの話になり興奮気味にアイゲウスは立ち上がる。
「それをレスリング技で投げ飛ばしたのか?」
「いやぶん殴って倒した」
「もうレスリングじゃなかった」
呆れるメデイアにテセウスは意気揚々と語りだす。
「いやもうホンマ凄かってん。パーンって殴ったらドーンって飛んでな」
「もう擬音が馬車に轢かれたときの音ではないか」
頭の痛くなる会話に押されたのかメデイアは軽く額に手を当てた。
「それで、おしまいか?」
「いやまだあんねん」
もういいってと言わんばかりに呆れた声でメデイアは
「まだあるのか」
と返す。
「これが最後でな」
「ようやく最後か。今のところほぼ謎のオッサンしか倒してないぞ」
「なんかなアテナイの近くの森の中にオッサンがおってな」
「またオッサンか」
「そんでな、なんて言えばいいんやろ。あのー・・・」
歯切れ悪く考え込む仕草をするテセウス。
そんなテセウスを見てメデイアは
「なんだ話を盛ろうとでもしてるのか?」
と馬鹿にしたような口ぶりでテセウスに問いかけた。
「ちゃうねん、伝え方がムズいんやけどな、そのオッサンなピッタリにしてくんねん」
「ピッタリに?」
「そうそう」
「何をだ?財布の中身とかか?」
「いや身長を」
「身長を!?」
「そうそう、健康器具みたいなんでピッタリにしてくるんや」
「そんな変質者が我が国の傍に・・・」
ゴクリと生つばを飲み込むアイゲウス。
「王よ、そんな恐ろしいオッサンではないぞ」
「んでそのオッサンがピッタリ好きらしいからな、ピッタリにしてあげたんや」
「もう分からない。想像つかない」
頭を抱えて考え込むメデイア、
「功績ってほぼ変なオッサンしばいただけじゃないか」
「どや、凄いやろ」

「私こんな変なやつに怯えてたの・・・?」
お告げを思い出し顔を赤くするメデイア。自らの赤面を隠すため顔を手で覆う。
「もういい、そんなものが功績になるか!とっとと下がれ!」
シッシッとやぶ蚊を追い払うように手を払う仕草でテセウスに向けるメデイア。
そんなメデイアを見て後頭部を掻くテセウス。
「ほんだらなにしたら認めてくれるんや?」
「そんなオッサンではなくそうだな例えばあの『ヘラクレス』でようやく捕まえることが出来たマラトンのケモノを倒すくらいは「そんなんでええんか?」」
メデイアの発言を終える前にテセウスは答えると「よしゃ」と一言だけ呟き、王の間を後にする。
(あんなふざけた若造が長年アテナイを苦しめてきたケモノを退治など出来るはずがない、逃げかえるのがオチだ。)
と去るテセウスの後ろ姿を見ながらメデイアは鼻で笑った。

だが小ボケ担当のアイゲウスは扉が閉まる直前にテセウスの背中に担いだ剣をじっと見ていた。
「あの剣は・・・」
頭に靄がかかったように思い出すことのできないアイゲウスはただ去る若者の背中を見つめることしかできなかった。

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