ギリシャ神話の話9 テセウスの話 外伝 マラトンのケモノ後編

誤算

まずいまずいまずい。
愛するアテナイ国で俺が統治した歴史上最大の危機が訪れている。
なるべく機嫌よくクレタに帰ってもらおうと思っていたのに、まさかマラトンの獣に殺されてしまうとは。
いやあれはあくまで事故死であり責任は我にはない。
そう何度も自身に言い聞かせるが、果たしてクレタのミノス王はそれで納得してくれるのだろうか。
亡骸と弁明の使者はすでにクレタへ送った。あれから三日経つが未だにその返事はない。
今か今かと使者が帰ってこないかと海を見渡すが、返事を載せた船は水平線の先に浮かぶことはなかった。

大体競技会で八百長まで担いで勝たせ機嫌よく帰ってもらおうとしたのに、なぜマラトンのケモノを狩りにいったのか。
お調子者の馬鹿王子のせいで亡国の憂き目にあってしまった。
今回の件が落ち着いたら必ずあの牛は我が国で討伐してやろう。

そんなことを考えていると、海の先から未だ霞んで見えるが船の舳先が浮かんだ。
あの方向はクレタであろう。
一刻も早く報告を受けとるため港へと急ぐとしよう。

その結果次第ではギリシャ最強の国クレタとの戦が始まるだろう。

抵抗

「攻めてくる・・・?」
クレタのミノス王は激怒したそうだ。
それは当然だろう。そうなるであろうことは予測はしていた。
だが既に軍備を整えて向かってきているとはさすがに予想の範疇を越えている。
ミノス王は王子がどうであろうとギリシャへと攻め込んでくる用意は既にしていたということなのか。
クレタは島国だ。攻めてくるとすれば船団を率いて攻めてくるであろう。
ギリシャ諸国にクレタが攻め込んできたことを伝えるため少しでも時間を稼がねばと、慌てて我が国側も船団を組み迎撃に出るよう指示する。

時すでに遅しというべきか、クレタの進行速度を誉めるべきなのか。
アテナイの船団を組織しクレタ側に陣を張るころにはすでにクレタはアテナイの隣国メガラに攻め込む用の陣を張っていた。
後手になってしまったがメガラへの陸からの援軍を送ることにする。
メガラは弟が治める国。先に落とされると我が国とペロポネソス半島にある各国との連携が封じられてしまう。
さすがミノス王。攻め口としては完璧であろう。
もはや苦笑うしかない状況。ここから考えるのは撃退の仕方よりもどう戦を終わらせるか、そこに思考を巡らせべきかもしれない。

生贄

隣国のメガラはあっという間にクレタに攻め落とされ、陸からも海からもクレタに包囲されてしまった。
停戦の使者をクレタへと送ったが、果たしてどれだけの要求が来るか。
まもなくすると使者は帰ってきた。クレタからの要求はシンプルだった。
要求内容は「毎年7人ずつの男女の若者をクレタへと送ること」これだけであった。
この内容にどんな意味があるかは想像に難くない。

おそらく”生贄”だ。

クレタにはミノタウロスという怪物がいるそうだ。
迷宮に閉じ込められてるという話だが、7人ずつの男女を送れということはミノタウロスへの捧げものとして求められてるのだろう。
実質的な支配国への貢物を送ると属国化を認めることになるが、アテナイ存続のためにはそれに従うしかない。
苦渋の選択ではあるが、従う旨を書にしたため使者へと渡す。
王子の事故死が起因とはいえ、まさかここまでトントン拍子にクレタにやられるとは。
メガラとは違い亡国の道は逃れることはできたが、このままでは時間の問題かもしれない。

未来

あれから何年経ったであろう、生贄を送ることは途切れず相変わらず若者をクレタへと送っている。
このまま続けばアテナイ内部から市民の声によって崩壊してしまうかもしれない。
市民の顔はかつてよりも暗く、悲しみが増した様に思える。
この悲しみを吹き飛ばすにはどうしたらいいか、何かこの流れを変える新しい風がアテナイに、いやギリシャに必要だ。

いつか来てくれるであろうと信じている。
あの扉を開けアテナイを救う新しい風が吹くことを。
そんなことを考えていると重々しく扉が開いた、重苦しいこのアテナイそしてギリシャを切り開く新しい風が吹き込んでくるのを感じた。

「アテナイの王宮はなんやえらい空気重いんやな」

風と共にやってきた若者がそう呟く、我は眉を寄せ口元に笑みを浮かべた。

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