鈴木大拙の思想について徒然なるままに
1.大拙との出会い
このエッセイがどれほどの方に読まれるかわからないが、数少ない読者に鈴木大拙の魅力が伝われば、これに過ぎる喜びはない。私と鈴木大拙との最初の接点は金沢市の鈴木大拙記念館である。同館は谷口吉生により設計された建築で、白亜の小閣が水面に凛として映える姿が印象的な佇まいである。それ以来、少しずつ大拙に親しんできた。記念館で記憶に残る事ことがあった。外国人の観光客が立ち入り禁止の場に入って注意を受けたときのことである。それを見た初老の紳士が、立ち入り禁止を明記しない一見不親切な記念館の方針を称賛したのである。今思うとそれは大拙の思想を示唆づけるようである。白亜の小閣が、悟りを象徴する水に浮かぶ蓮の花なら、言葉は夾雑物となる。言葉は世界を切りわけるからである。わけないこと、そこに大拙の世界観がある。大拙の伝記なり、功績の詳説は他所に譲るとして、思想に関して思うままにを記して見ようと思う。
2.目的がないということ
大拙には不思議な魅力がある。私が引き込まれていったのは何故であろうか。おそらく、ひとつの理由は大拙の思想は目的性を排するからではないかと思う。それは西洋哲学における目的論との対立した、機械論を言うのではない。大拙は目的のなさを、達磨禅師の表現を用いて無功徳と言う。無功徳とは効用、功利のないことである。
私たちは日々の生活で常に効用を求め、何かの目的のために絶えずしゃにむに動いている。そのために障害となるものは、タイパ、コスパが悪いと切り捨てる。時には属する組織の効用という目的のために、歯車のように動く。その果てに効用が満たされるかと思えば、さらなる効用を求めての運動が絶えず繰り返され、疲労困憊し、出口なき隘路に陥る。現代人は文明科学の利便性を享受する一方、こういった姿があるようにも思う。そんな中、大拙は宗教生活における無功徳をということを言う。無功徳がすなわち功徳なのであると言うのである。救いを得てやろうという功利心を捨て、いきみをスッと抜いて無心になり、出した手を引っ込めたときに、意識の底から光が差し、阿弥陀様が渡してくれる。それが無功徳の功徳である。そんなあり方が現代人に癒やしをもたらしてくれると信じている。
3.宗教と芸術との接点
先に記したように、この目的のなさは機械論的ではなく、むしろ創造性を有する。ここに宗教性と芸術性が相通じる場面がある。大拙は日本文化論の精華、『禅と日本文化』で次のように記している。
これは精緻さを極める西洋美術には当てはまらない芸術論かもしれない。写実的なダビデ像の肉体美は神の創造という偉業を、その目的の美しさを讃えるようである。しかし、被造物たるダビデは、もちろん一者たる神とも、あるいはピエタのキリストとも隔絶がある。そこには個物としての完全性があるが、ダビデはダビデ性を出ることはない。一方、稚拙にも不完全にも思える東洋の芸術作品には、それ自体から表出する通路を見ることができる。曖昧模糊とした禅画の描写には実体性を感じさせないものがある。私が仙厓義梵の『禅蛙図』を見たとき、はじめ狸ではないのかと感じ、それが蛙と知ったときには非常に驚いた。しかし、蛙は狸や犬でもよいのだ。個物は鏡が互いに映しあうように相互に関係し、それらの間にある壁は意識の作り出したものに過ぎない。不完全性と完全性、個と全は別物ではなく、融通無碍に相即する。もはやそれ自体というものを想定する余地はなく、世界の諸事情は空である。しかし、空は虚無でも死物でなく、はたらきと創造性を持つ。蛙は蛙でないからこそ蛙なのだ、すなわち、蛙は蛙性を否定された後、再び本質を持たない蛙として蘇ってくる。そこには論理でなく直感がある。見たものを言葉という固い殻に閉じ込めることなく、あるがままに直視し表現すること。それが宗教的直覚の芸術的体現である。宗教の自覚は言葉という媒介物を、すなわち事物をわけるということを嫌うのである。
4.霊性の世界
大拙は宗教的直覚のはたらきを霊性とか無分別の分別と言う。霊性という言葉はおそらく多くの日本人に耳なじみがない。仏教は心のあり方を説き示す宗教であるが、大拙は精神とか心という言葉を使わなかった。そのひとつの理由は次のようなことにある。
霊性の世界はわけることはできずひとつである。私たちは言葉を用い概念により世界を切りわける。生きていくうえで言葉でわけることは大事だが、それにより人は好悪の感情を生じ、呻吟し懊悩する。私たちは対立の世界に生きている。であるから、ときにはわけない世界、すなわち霊性の世界が必要なのである。霊性の世界はひとつであるから、言葉の媒介を経ずに体験しなければならない。これは容易にできるものではなく、大拙の考えは一生かけて会得できれば幸運というものであろう。
その一方、私はひとつであってそのままふたつであるという点が、見逃されてはならないように思う。大拙の思想はよく一元論と形容されるが、単にひとつであるというなら、現象世界はすべて幻であるという虚無論と変わりない。そこには創造性がなく、ともすれば悪しき価値否定論に陥ってしまう。世界は無なのではなく、無本質的にある。ひとつであることと、ふたつであることを同時に見ること。そこに他者に共感しながら、個として尊重するという倫理の成立する契機があるのではないであろうか。私は倫理性の発露を大拙の思想のから読み取りたい。正統な読みではないかもしれないが、私の心に残る大拙の言葉にそれを示唆づけるものがある。
5.最も心に残る大拙の言葉
大拙は多数の著作を残したが、『仏教の大意』という小著がある。私は同書の一節に大拙の核心を求めたい。私の心に刺さったということをひとつの根拠としており、論理薄弱との誹りを免れないかもしれない。しかし、どうにもそこにあるような気がしてならないので、ここに引用する。
大智(智慧)と大悲(慈悲)はひとつというのは、言い換えるに、自己と他者を相即的に見て、悟りの境地に留まらないことである。これは単なる理想主義でも机上の空論でもなく、歴史的な裏付けがあるように思う。釈迦族の王子ゴータマは尼連禅河の畔で大智を得たのち、梵天に促され躊躇いを放擲し、衆生への憐れみから説法を決意した。これこそ、大智と大悲の相通じる瞬間ではないか。文献学や現代の合理主義からすれば、後世の解釈であるとか、神話であるなどと言われようが、神話にこそ真理が隠れていると信じる。大智と大悲が相即するこの霊性的直覚を感じ取れるのは全ての沙門修行者ではない。悟りに満ちたり、人を益することなくそのまま朽ち果ててしまう者は辟支仏などと呼ばれる。実際、その起源とも考えられる仙人がパーリ中阿含『仙呑経』に記されている。そんな中にあって、梵天によるゴータマへの呼びかけがあったことは人類への恩寵である。そこから仏教の歴史が始まって行く。