ミケランジェロの回顧 ~フィレンツェ革命編~第二話
〇セッティニアーノ
T 1528年5月 フィレンツェ郊外セッティニアーノ
路上。マントを羽織り、小走りに急ぐ様子のミケランジェロ。蒼い顔。頬に汗。
〇ブオナロート家
家族が揃う部屋に、息を切らし、駆け込んできたミケランジェロ。
椅子に座り込み頭を垂れるロドヴィコ。側にシジスモンドが付き添う。
バルトロメアはテーブルの上で手で顔を覆い、座っている。
神妙な面持ちで立つリオナルドとジョヴァン。
リオナルドは修道士姿。他は当時の一般服。
リオナルド 「…ミケランジェロ。久しぶりだな」
ミケランジェロ「リオナルド兄さん…」
ミケランジェロ「…子供たちは?」
シジスモンド 「義姉さんの実家に預かってもらってるよ」
〇ブオナロートの部屋
扉を開けるミケランジェロ。マントは脱いでいる。
ベッドにブオナロートが寝ている。顔に汗をかいている。
ブオナロート 「…ミケランジェロ兄さん」ミケランジェロの方を見る。
ミケランジェロ「……」神妙な面持でブオナロートを見る。
ブオナロート 「…すまない…今、大変な時なのに、来てくれて」
ミケランジェロ「……」
ブオナロート 「…兄さんには、迷惑ばかりかけて来たのに、何も返してないよね」と苦しそうに話す。
ミケランジェロ「……」
目を逸らし、少し冷淡な様子のミケランジェロ。
ミケランジェロ「…そう思うなら、早く治して、少しでも返してくれよ」
ブオナロート 「……」辛そうな表情。
ミケランジェロ「……」表情を和らげブオナロートを見る。
ミケランジェロ「冗談だよ。兄弟で借りも貸しもないじゃないか。だから早く元気になれ、なっ!」ブオナロートの傍により、苦笑する。
ブオナロート 「…兄さん、ごめん」目に涙。アップ
ブオナロート 「最後まで…兄さんの言うこときけなくて」
呆然とするミケランジェロ。
ブオナロート 「…もう来なくていい……移る」
目を見開くミケランジェロのアップ。
激しい剣幕で怒鳴るミケランジェロのアップ。
ミケランジェロ「馬鹿言うな!!おまえは…おまえは」
「ペストなんかじゃない!!」
ブオナロート 「に…」涙を流してミケランジェロを見る。
膝をつきベッドに顔を埋めるミケランジェロ。
N ―――ミケランジェロが得た地位や金銭に頼りきりながら、感謝の意も、その業に敬意も示そうとしなかった父や兄弟たち
N それでもミケランジェロは、すぐ下の弟ブオナロートを、一番愛していた。
N そのブオナロートがペストに罹った時、ミケランジェロは自らの危険を顧みず、付ききりで看病を続け
(時間経過)
ブオナロートを抱きしめながら、目を見開き涙を流すミケランジェロのアップ。
N 1528年6月2日 ブオナロートはミケランジェロの腕の中で、息を引き取った。
T 1528年 秋 セッティニアーノ
〇ブオナローティ家
使用人に迎えられ、家の中に入るミケランジェロ。
奥の部屋でジョヴァン・シモーネがテーブルに伏せながら座り、傍に立つシジスモンド。
テーブルの上にワインの入った複数のピッチとコップ。
シジスモンド「兄さん、昼間から何飲んだくれてるんだよ!」
ジョヴァン 「うっせーな…飲まずにいられるかよ!ブオナロート兄さんが死んじまって…これからどうすりゃいいんだ…」
シジスモンド「金のことは、ミケランジェロ兄さんに頼りきりなんだ。せめてもっとしっかり…」
ジョヴァン 「ああ!?どうしろってんだよ!」顔をあげて怒鳴る。
テーブルをドンと叩いて怒鳴るジョヴァン。
ジョヴァン 「俺たちに家のことや親父のことを押し付けて、上の兄貴たちはどうしてた!?」
不安な表情でジョヴァンを睨むシジスモンド。
ジョヴァン 「出家するだか、職人になるだか知らねえが、家飛び出して、好き勝手して来てんだろ!金の工面くらい、してくれて当然なんだよ!」
シジスモンド「……」
部屋の外にいたミケランジェロに気づくシジスモンド。
シジスモンド「ミケランジェロ兄さん!」
ジョヴァン「……」フンと目をそらす。
去ろうとするミケランジェロを追うシジスモンド。
シジスモンド 「ごめん、兄さん」
ミケランジェロ「お前が謝ることじゃない」
シジスモンド 「…ジョヴァン兄さんも不安なんだ」
宙を眺め座り込むロドヴィコのイメージ。
シジスモンド 「ブオナロート兄さんが亡くなってから、父さんがすっかり消耗しちゃって…。時々おかしなことまで、口走ったりして…」頬に汗。
ミケランジェロ「……」
T 数日後
ブドウを積んだ大きなかごを両手で持ち、背中で扉を押しながら家の中へ入ろうとするシジスモンド。
2歳のシモーネがキャハハと笑いながら走ってやって来る。帽子をかぶり、マントを着ている。
シジスモンド「やあ、シモーネ!」
ブドウを一房渡すシジスモンドと、わーいと喜ぶシモーネ。
シジスモンド「ほーら、うちの農園で取れたブドウだ。うまいぞ」
シジスモンド「…どうしたその恰好?出かけるのか?」シモーネを覗き込む。
バルトロメア「チェッカ、リオナルド。早くなさい!」(声のみ)
睨みつけるような表情のバルトロメア。美人だがツンとした、気の強そうな女性。頭に外出用ベールをかぶり、マントを着ている。
バルトロメア「こちらに来なさい、シモーネ」
シジスモンド「……?」ぽかんとした顔。
(ここからコメディ)
高圧的に口を大きく開けて話すバルトロメア。その傍にシモーネと、外出姿のチェッカ(9歳)とリオナルド(6歳)。荷物を持った使用人もいる。
バルトロメア「…では、私子供たちと、実家へ帰らせていただきます!」
「なお、私の持参金に関しては、後日代理人をよこし、キッチリとした金額を提示させるので、返金していただきますから!」
口をへの字にムスッとして、腕組みして座り、睨む様子のミケランジェロ。隣に立つぽかんとした顔のシジスモンドと、怒った顔のジョヴァン。
ミケランジェロ「……」
シジスモンド 「……」
ジョヴァン 「なっ……!」
ジョヴァン 「リオナルドとシモーネは、ブオナローティ家の跡取りだぞ!」
バルトロメア「わたしが産んだ子よ!」
ジョヴァン 「何だと、このアマ!」
バルトロメア「何その言い草!」
2人の勢いに怯えた顔をし、寄り添う子供たち3人と、泣き顔のシジスモンド。
シジスモンド「2人ともやめてよ~!子供の前で」
バルトロメア「そもそも、男なんかにこんな小さな子たちを育てられるの!?」
ジョヴァン 「くっ……!」(勝てない)
バルトロメア「わたしがこれまで、どれだけこの家のために尽くしてきたと思ってるのよ!?」ぎゃあぎゃあ
ムスっとしたままのミケランジェロに、泣き顔で訴えるシジスモンド。
シジスモンド「兄さん、何とか言ってよ~!」
ミケランジェロ「……」(めんどくせー!あいつらキライだ!関わりたくもねぇ)
立ち去ろうとするミケランジェロの後ろ姿。
ミケランジェロ「仕事思い出した。帰る」(逃げる!)
シジスモンド 「ちょっと!!」
ミケランジェロ「お上から『ヘラクレス』の像を作れと頼まれてるんだっ!」
(コメディ終わり)
〇夕暮れ フィレンツェの街並み
〇ミケランジェロの工房
粘土で作られた『ヘラクレスとカクス』の模型。ヘラクレスがカクスを押し倒している像のアップ。
アントニオ 「これが完成して、『ダヴィデ』と並んでるのを見るのが楽しみですね…」エプロンを着けた作業姿で言う。
ミケランジェロ 「……」座り、腕を組んでいる。
ミケランジェロM「教皇様は給金をくださった…メディチ家礼拝堂の仕事を続けるようにと」
肘を付き考え込む教皇のシルエットのイメージ。
ミケランジェロM「この大変な時に…俺に金など与える余裕など、ないはずだ」
ミケランジェロM「…メディチ家を追放した今の政府に、俺は付いたことをご存じなのか…?」うつむき頭を押さえる。
〇ブオナローティ家
T 1529年 1月
居間で椅子に座り、口を半開きで宙を見ているロドヴィコ。
少し離れたところで、上着を着たミケランジェロがシジスモンドと話す。
ミケランジェロ「…俺は軍事九人会とやらのメンバーに選ばれた。忙しくなるから、なかなかここへは来れなくなる」
シジスモンド 「ヘラクレスの像で?」
ミケランジェロ「いや。サン・ミニアートの丘に要塞を作ることになった。俺が一切の監督を任されるらしい」
布袋(金の入った)を持つミケランジェロの手。
ミケランジェロ「…子供たちの生活費だ」
ミケランジェロ「これを持って行って、父さんに子供たちと会わせてやってくれ」
シジスモンド 「悪いね…。この前、義姉さんの言い値で、持参金を返してもらったばかりなのに」
ミケランジェロ「あの子たちはブオナローティ家の子なんだ。生活費は出すのが当然だ」
2人の方に振り向くロドヴィコ。
ロドヴィコ 「…なんだ。ミケランジェロか」
ロドヴィコ 「めずらしいな。お前が来おって、ブオナロートがおらんとは」
ロドヴィコ 「あいつ近頃、姿を見せんが、仕事か?忙しいのか?」
驚きと不安げな顔でロドヴィコを見るミケランジェロとシジスモンド。頬に汗。
ミケランジェロ「……」
シジスモンド 「…父さん、ブオナロート兄さんは、去年亡くなったんだよ」
ぽかんとした顔のロドヴィコ。
ロドヴィコ 「…そうか。そうじゃったのう…」
うつむくロドヴィコに、しゃがみ、苦笑して言うシジスモンド。
シジスモンド「ねえ、これから子供たちに会いに行こうよ」
バタンと扉の音。
息を切らし、蒼い顔をしたチェッカが入って来た。
チェッカを見る3人。
ロドヴィコ 「チェッカ!」嬉しそうに言う。
ミケランジェロ 「どうした、一人で来たのか?」
チェッカ 「シモーネが…!」涙ぐむ。
蒼い顔をして目を見開く3人。
(続く)