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わたしにも地元が出来てきた。
わたしにも地元ができつつある。
小さい頃から親の引っ越しが多く、ひとところに長く住む習慣がなかったわたし。
大人になってからも、仕事を変えるタイミングに合わせて何度も転居を繰り返した。新しい住所を覚えるのには慣れている。これまで幾多の郵便番号と住所を覚えてきた。
そんなわたしも今住んでいる土地が気に入り、この場所で5度目の夏を迎えている。自分で家賃を払うようになってからでは、一番長く同じ所に住んでいることになる。
親の引っ越しが多かったと書いたが、転校が多かったわけではない。小学生の時に一度だけあったものの、同じ学校に通いながら家だけが変わったりした。親はフットワーク軽く住む環境を変えるタイプだった。
高校生の時も、同じ町内に引っ越しをした。さらに同じ年に、念願のマイホームを建てるといって、一軒家へ引っ越しまでした。これにはさすがに閉口した。
だからわたしには地元がない。その土地に根付いて暮らし、一つの家を大切に手入れし続けて、ご近所と関わり合って暮らす営みというものに、憧れはありながらもどこか非現実的な、自分とは関係のないものと思ってきた。
しかし今住んでいるこの場所は、わたしが小中高と暮らしてきた地域に接していて、生活圏が近い。共通の話題として母校の話題で盛り上がることができる。
話は前後してしまうが、この場所に4年住み、顔見知りがいるお店ができた。この土地が地元の知り合いも増えてきた。
彼らはここで子供の頃から暮らしている。選挙のときに行く小学校が彼らの母校であり、わたしの高校に一番多く進学してきた中学校が彼らの母校であり、名前は変わったものの、わたしにも身近な高校を彼らは卒業した。
彼らと話していると、わたしまで同じ時代、同じ土地を生きたような気持ちになる。
それが地元というものなのだろう。
懐かしさとはまた違う。居心地の良さだったり、肌感覚が一緒のことによる共感、ノリ。とにかく笑っていられる。
同じ土地に住んでいるというだけで、こんなにも話が合うものなのか。土地には何か不思議な力が宿っている。時を超えて、その場所を支配している空気感があるように思う。それを共有している人間同士、何かしらわかりみが生まれてくる。
まだ住み始めて5年目。彼らは生まれた時から住んでいるのだから、まだまだ物心ついたくらいだろう。
それでも、地元というものを知らずに育った今大人のわたしには、自分でこの場所に根付いて行く、という感覚もありながらも、気づけば5年ここで暮らしていて、なんだかとても居心地が良くって、これからもここに住み続けたいな、彼らと思い出を共有しながらこの場所で生きていきたいなと、自然に思う。
この場所を地元と呼んでもいいですか?
いつか胸を張ってここがわたしの地元です。と言える日がきますよう。