【コラム】お線香のはなし
お線香のかおりが好きです。
昔から父が煙草を吸っていたので、その影響なのかもしれません。
ちりちりと燃える灰の先からただよう煙を見ていると、なんだか落ち着くような、ほっとする気がするのです。
なんでだったかなあ。
そんなことを思い返す夏のコラムです。
さて、今年も暑い夏です。
わたしは寒いよりは暑いほうが得意なのですが、ものすごい勢いで夏バテをするので実はどっこいどっこいかもしれない。いまも弱り果てた胃腸をひえひえの麦茶で濁しています。
そして、この暑い時期に欠かせないのが、なんといっても蚊取り線香です。待てよ、そうでもないかも。なくても生きてはいけます。でも、蚊取り線香があるとなんとな~くうれしいのは、わたしだけでしょうか。
なんというか、夏祭りの喧騒だとか、手持ち花火を突き刺した水入りのバケツだとか、あぜ道の青い匂いまで連れてやってくるようで。あるわけないのに、風鈴の音さえ聴こえてくるようで。
嗅覚は、思い出をよくよく滲ませてくれるのかもしれません。
お線香のかおりが好きかも、と気がついたのはここ最近の話です。
長くルームフレグランスジプシーだったのですが、いっそ原点(?)に立ち返ってみようかと、お線香を探し始めたのがはじまりでした。
このところは、「hibi」というマッチタイプのお線香をたまたま手に入れることができたので、試しにいくつか使っていました。
ただ、わたしにはマッチをこする、なんて習慣がないもので、うまく火が灯らなかったり、線香の部分を折ってしまったりと散々でしたが……
とはいえ、うまくいったときには、それはそれは良い香りがするのでした。
煙は多いタイプのようで、せわしなくサーキュレーターの風に流される煙の先を追いかけては、やはり昔のことを思い返します。
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昔は、母親がよくコーンタイプの線香を灯していました。
たくさんの布がしだれがかっているような、少し狭いつくりをしたアジアン系雑貨のお店で香る、あの複雑で独特な香り。あまり得意ではなかったように思います。
人間の五感のなかで、嗅覚がいちばん疲れやすい、とどこかで耳にしたことがあります。だからすぐ匂いに慣れてしまうのですが、思い出すごとにくらくら酩酊してしまうような、そんな香りでした。
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わたしがまだ小さいころ、父はヘビースモーカーでした。
いつ見てもダイニングの指定席に腰掛けて、足を引っ掛けてテレビを眺めながら、たばこをぷかぷか蒸かしています。
世間の男の人たちはみんなそうなんだろうとばかり思っていました。わたしがすっかり副流煙にも慣れたころに、父親は肺の病気をして入院しました。そりゃあそうです。それでも、退院後もたばこはやめませんでした。
さて、その光景にもすっかり慣れて、壁紙も黄ばみに黄ばんだところで母親がいよいよ怒り、喧嘩がはじまり…というのはまた別の話です。
今は汚れに強い壁紙もたっくさんあるみたいです。わたしが小さいころに、こういう壁紙があればなあ……なんて、思わないでもありません。
😢
思い返してみると、わたしにとって煙や、そして線香というのは、それほど縁遠いものではなかったようです。
マッチタイプの線香をバキバキに折り、自動で空気の変化を感知する空気清浄機にブチギレられながら、いまもお線香をたのしんでいます。
最近は、あんずのかおりがするお線香を仕入れました。仄かに上品な甘い香りがします。煙は、ちょっと少ないタイプにしました。
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世の中にはいろいろな香りのお線香があって、お花や木の香りだけでなく、珈琲の香りがするものもあるのだとか。もうそれコーヒー淹れたらええやん、とはならないのがオツなところです。
お線香だからこそたのしみたい。
ろうそくじゃなくて、アロマデュフーザーじゃなくて、お線香がいい。
なぞのこだわりです。
さて、今年もめちゃくちゃに暑い夏です。
風鈴といっしょに、くるくるの蚊取り線香と、コーヒーの香りのお線香をひとつくらい仕入れてみても、許されるでしょうか。