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ライン川渓谷 リューデスハイムと古城ホテル
ライン川は、スイスのトーマ湖からオランダのロッテルダムまでを流れる約1200kmの川。
この川は、私の住む街デュッセルドルフも流れている。
以前、デュッセルドルフの記事を書いた時にも触れたが、父なる川、ラインだ。
最近の水不足のため川の水位が下がり、船の運航が困難となっていることが大きな話題となり、ニュースでも度々その映像を目にする。
貨物運搬用の船だけでなく、このライン川下りは、ドイツの観光名所の一つ。
デュッセルドルフでもライン川を船で観光することができるが、デュッセルドルフとは全く違う景色を見られる場所がある。
それが、ライン川渓谷だ。
コブレンツとビンゲン間の約65㎞は、2002年にユネスコ世界遺産に指定された。
この時の感動を、今もよく覚えている。
景観を守るために、橋は一つも架けられていない。
その代わり、両岸を行き来できるように、渡し船がある。
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ライン川は交通の要であったので、ここに土地を持つ領主達は、こぞって関税用の城を建てた。
今は美しい風景だが、昔ここを通行していたら、さぞかしたくさんの関税を支払わないといけなかったのだろう。
こちらは、川の中州に建っているので記憶に残るプファルツ城。
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他にも、ネコ城、ネズミ城など、数々の城がある。
噂だが、このライン川沿いの城の中に、日本人所有になった城があるのだとか。
冬以外は川下りができるので、友達が日本から来るとライン川下りをする。
大抵の友達は、この景色を見るだけでドイツを好きになってしまう。
船なんて興味ないと言っている友達のほうが、期待値が低いせいか、より興奮してしまう。
そして、ノイシュバンシュタイン城を見て、完璧なドイツファンになって日本に帰って行く。
もちろん、ソーセージとビールも忘れてはいけない。
川幅が広く、ゆったりと流れるライン川。
数十もの古城や教会、美しい街並み。
そして目の前に広がるブドウ畑。
リューデスハイムは、ビンゲンの対岸にある小さな街だが、いつも観光客でにぎわう。
美しい新緑の季節も、秋のワイン畑が黄色くなった季節も、どちらも美しい。
新緑のリューデスハイム
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秋のリューデスハイム
ワインの産地でもあるので、私はここでワイナリーの一つを見学をさせてもらったことがある。
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つぐみ横丁をはじめとして、街には細い路地がたくさん入り組んでいる。
お土産屋さん、レストラン、カフェが建ち並び、美味しいワインが飲める事でも有名だ。
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ワイン畑が広がる丘の上には、銅像が建つ。
これはニーダーヴァルト記念碑と呼ばれている。(Niederwalddenkmal)
ドイツ帝国の発足を記念しヴィルヘルム1世が作らせたもので、1871年から工事が始まり1883年に完成したもので、高さは38mもある。
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この像までは、ぶどう畑の中を歩いていくのが気持ち良い。
ロープウェイでブドウ畑の上を運ばれていくのは、もっと気持ちが良い。
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船のライン川下りも素晴らしいが、私はこのニーダーヴァルト記念碑からの眺めがとても好きだ。
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私はここリューデスハイムから、ザンクト・ゴアールまで船に乗る事が多い。
ワイン畑と城を眺めながら、船の上でコーヒーを飲んで寛ぐ。
しばらくすると、船内にローレライの曲が流れる。
ハイネの詩から作られた、ローレライの歌。
大きな岩の上に、美しい女性が座り、髪を梳いている。
その美しい姿に、船乗りたちは夢中になり、船の舵を誤り沈没してしまった。
そんな伝説だ。
この場所は、ライン川の中でも急カーブの箇所であり、沈没する船が多発した事からできた伝説だという。
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ライン川沿いには、古城がホテルに改装されているものがある。
父がドイツに初めて遊びに来てくれた時、ライン川下りをしたあと、一度泊まってみたかった古城ホテルに泊まった。
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古城ホテルには、他にも何度か泊まったことがあるが、ここが一番の思い出だ。
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当時はインターネットなどなかったので、私は古城ホテルに電話し、父のために一番素敵な部屋を予約したいとお願いした。
部屋の様子は、ほとんど何も分からないままだった。
私は後日、友達と他の部屋に泊まった事があるが、父が泊まった部屋の方がインパクトがあって良かったと思う。
本棚の後ろが隠し部屋になっており、そこにバスルームが作られている。
昔は、危機対策のために実用されていたのだろうか。
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テラスからはライン川が見渡せ、ローレライは城のちょうど反対岸だ。
父は、テラスから街を見下ろし、まるで城主になった気分だと満足そうに笑っていた。
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夜はどこにも出かけずに、ホテル内のレストランで頂いた。
二人ともお腹がいっぱいになり、部屋に戻る前に中庭を散歩した。
昼間とは違い、ライン川が眼下に黒く流れ、少し不気味にも見える。
何となく部屋に戻るのが寂しくて、中庭に二人で座ってずっと話をしていた。
その夜が、父との旅行の最終日だった。
チェックアウト時に、ホテルの受付で、父はどれだけホテルが快適だったかを何度も繰り返し伝えていた。
その賢明さが可愛らしく見えて、思わず笑ってしまった。
ホテルの受付のかたは優しく微笑んで、また是非いらしてくださいと見送ってくださった。
二人とも、旅行中はよく歩き、よく食べ、よく飲み、よく笑った。
父に、たくさんの物を見せたかった。
ドイツを知って欲しかった。
私は子供の頃いつも、どうして?なぜなの?を繰り返していたから、父からは「知りたい病」とからかわれてきた。
しかし、ドイツに来た時は父のほうが「知りたい病」になっていた。
私は父からの質問に必死に答える毎日だったが、ドイツに興味を持ってくれる事が嬉しくて、私はいつも以上に饒舌だった気がする。
次の日、フランクフルト空港まで見送ると、父は私にこう言った。
ドイツに来てよかった。
Ditoが何故ドイツを好きになったのか、分かったよ。
ホテルのテラスにいた時と同じ満足そうな笑みを浮かべ、父は私に右手を差し出した。
父と握手をする事などなかったから、少し恥ずかしかった。
私は差し出された手を両手でそっと握ると、父は私に、ありがとう、と言った。
父の手は分厚くて温かく、そして少しだけ乾燥した肌触りだった。
父は、すぐに出発ゲート方面に向かった。
その日父は、前年の誕生日に私がプレゼントした水色のポロシャツを着ていた。
その水色の背中が、小さくなっていって、見えなくなる。
一緒にいた時間が長ければ長いほど、居なくなった時の寂しさは大きい。
友達を見送るのも辛いけれど、父を見送った時は、それとは別の感情が込み上げてきた。
水色のポロシャツが、いつまで経っても目の奥から消えない。
そして、乾燥した手の温かさが蘇ってくる。
涙が溢れ出てくる。
急いでお手洗いに行き、個室でひっそりと泣いた。
フランクフルトからデュッセルドルフまでの電車は、特急ではなく鈍行を選んだ。
鈍行は時間はかかるけれど、ライン川沿いを走るからだ。
つい昨日まで、父と一緒に見ていた景色を、今は電車から一人で見ている。
昨夜、古城ホテルから見たライン川のあの黒い流れは、また元の美しい流れに戻っていた。
その美しいライン川を見ている間だけは、まだ父の傍にいられるような気がした。
ライン川が見えなくなると、一緒に出かけた街のことを思い返した。
車窓にぼんやりと映る自分の顔を見つけ、ハッとする。
私は、父によく似ている。
知りたい病も、そしてその面影も。