シン・ウチノネコ
「よつば」が我が家にやってきたは、2019年3月3日だ。
よつばは我が家の三毛猫である。三毛猫なので、もちろんメス(オスの三毛猫は数%の確率でしか存在しないそうな)。少々おデブでお腹がでている。横浜市内の保護猫団体の譲渡会で出会った。その時私は妊娠4か月くらいでお腹の中に息子を抱えていた。いつか動物を飼いたいね、などと夫と世間話をしている程度で、まさかその譲渡会で本当に猫を迎え入れることになるなんて思ってもみなかった。こんなことを言うと、「命を飼うのに無責任だ!」とか「子供がこれから生まれるのに!」とかやいのやいの言われそうな気もするが、まぁ、結果として今我が家はすべてがうまく回っているので、「あなたのその心配は杞憂だから大丈夫ですよ」と返事をすることにしよう。
その頃住んでいたマンションは、賃貸ながらも犬猫1匹までなら、申請だけで飼うことができた。「いつか動物を飼いたいね」といいながら、その「いつか」に備えてその物件を選んでいたわけである。譲渡会にいったのは、その時が2回目だった。初回は、都内のつつましいビルのフロアを借りてやっているもので、人も賑わっており、私と夫はいそいそと見学だけして帰ってきた。
2回目の譲渡会会場も、おそらくはそのような雰囲気なのかな、と想像をしながらたどり着くと、そこは一軒の民家だった。普通の住宅。2階建て(と見せかけて地下があった)。関東の住宅密集地ならではの、庭がほとんどなく、細い路地に玄関が面した家。インターホンをならすと、家主が出てきた。保護団体の方だ。玄関の物の配置から、そこはいつもその家主と家族が住んでいる場所なのだと分かった。猫のいる部屋まで案内された廊下には、猫のドライフードやおやつ、トイレ砂などがうず高く積まれていた。その家には、家族の生活と、多くの猫を守るための生活が、渾々と渦巻いていた。
猫たちの部屋には、10匹を超える猫がいた。もちろんそこに後の「よつば」もいた。猫の中には、人間に心を開かず部屋の隅でじっとしている子もいたし、交通事故で後ろ足を1本なくしている子もいたし、一方で訪問者に嬉々として近づいている元飼育猫もいた。よつばは「元飼育猫」であった。野良猫として生まれたよつばは、保護団体に保護され、後に「ミクちゃん」と名前をつけられて引き取られたそうである。しかしそのお宅でお子さんが誕生したところ、その子が重度のアレルギー持ちだったそうで、猫を継続して飼育することが難しくなったそうだ。だから保護団体に帰ってきた。少しびくついた様子のミクちゃんだったが、手を伸ばすとその体に触れることができた。ミクちゃんは撫でられながら、私の手をざりざりとなめていた。猫になめられたのは、なんとその時が初めてだった!犬はつるつるした舌であるから、それと同じようなものだと思っていたが、猫のそれは全く違った。毛づくろいがうまいわけである!まるで櫛のような舌だ。「ミクちゃん、自分で毛づくろいしているつもりなのよ~」と保護団体の方は笑いながら説明してくれた。ミクちゃんはざりざりと手をなめていた。くすぐったくて、あったかい、不思議な感触だった。
見学の最後にアンケートを書いた。アンケートに「いいなと思った猫の名前を書いてください」という欄があり、そこにミクちゃんと、他にも人懐っこかった猫の名前を2匹書き、その日は帰宅した。
「本当に、猫飼うのかな」と私がきくと、
「うーん、どうだろうね。まぁ、なるようになるよ」と夫は言った。
数日後、夫の携帯電話に着信があり、「ミクちゃんをぜひ引き取ってほしい」と連絡があった。夫は笑いながら「なんかこうなると思ってたんだよね!」と言った。連絡がきたのが月曜日で、週末には家までミクちゃんを届けにきてくれるという。私たちはネット通販最大手2社をフル活用し、猫が過ごせるようグッズをさまざま用意していった。
当日、ミクちゃんはゲージにいれられ、家にやってきた。ゲージからでてきたミクちゃんは、さらに洗濯ネットにくるまれていた。聞けば、猫が不安がるときは、洗濯ネットでくるむらしい。何かに包まれている方が安心するのだそうだ。ミクちゃんは、解放されると同時に、ゲージの中に用意していたトイレに一直線に逃げていった。
「名前はよつば、にしようと思います」
私たちは、ミクちゃんに新しい名前をつけた。幸せの四葉のクローバー。「よつば」である。苺、と同じイントネーションの「よつば」。かわいいよつば。我ながら良い名前だと思った。ここで彼女との、新しい生活が始まるのだ。
初日こそ餌や水をあまり食べず、こちらもひやひやしたが、3日目からはゴロゴロ声をあげて擦り寄るようになった。よつばは、持ち前の人懐っこさを存分に発揮し始めた。
前世は犬だったのか?と思うほどに、よつばは人に擦り寄り、撫でてくれ、と頭を突き出してきた。餌はびっくりするくらいガツガツ食べ、病院からは太り過ぎだとダイエットを勧められた。餌を減らすと、よつばはミャンミャンないて餌を乞うようになった。まるで犬そのものである。想像していた猫とは、随分その様子が違っていたから、私たちも最初は驚いたが、すぐに慣れた。空想上の猫よりも、私たちにとっては目の前にいるよつばが猫のすべてなのだ。
よつばが我々の生活になじんできた頃、息子が生まれた。息子が生まれてすぐの頃は、よつばにかなり窮屈な思いをさせてしまった。私も夫も、息子の世話に気を取られてしまい、よつばを全然構わなかったのだ。よつばは放っておかれたストレスから腕を舐めすぎ、ちょっぴり禿げた。よつばの腕に、ピンク色の地肌が見えているのを見つけたとき、少し泣いた。夫と報告して、生活を改めようと反省。それ以降、よつばとの触れ合いを増やしたら、あっという間に毛が生えてきて、よつばは再び元気になった。
今ではよつばと息子は、お互いを許し合っているように見える。よつばはお姉ちゃんらしく、息子のちょっかいにも我慢強く耐えている。たまに度がすぎて攻撃することもあるが、もちろん手加減しているのがわかる。本当によつばは、よくできた猫なのだ。
猫の寿命は15年くらいという。我が家に来た時「だいたい3才」教わったので、今は「だいたい6才」ということだ。もう随分大人だ。それでもまだ10年くらいは一緒にいれるはずである。私はその頃、40才をすぎているわけだ。
出会いとは不思議なもので、あの時もし、譲渡会に行っていなかったら、この世に「よつば」はいないのだ。彼女は今も「ミクちゃん」のまま、あるいはもっと違う名前で、まったく違う生活をしていたのである。でも世界はそうならず、彼女は「よつば」となり、私たちと家族になった。私たちはそういう偶然を重ねて、今の人生を作っている。
よつば。我が家にきてくれてありがとう。あなたが真っ白い体を摺り寄せてくれると、その柔らかさに心が緩み、暖かい感情に包まれます。毎日ごはんを食べて、よく寝て、家族仲良く過ごそうね。これから、よろしく。
<最後に>
タイトルの「シン・ウチノネコ」は、今公開中の「シン・ウルトラマン」を鑑賞後、映画のすばらしさに心を打たれた私がゴロ合わせで思いついただけの単語であり、深い意味はまったくありません。
有岡くん最高でした。もし、まだ見ていない方がいたら、ぜひ劇場でご覧ください。
2022/6/5 小林ハレ
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