【超短小説】年雄が泣く
年雄は泣いた。
でもそれは感情が溢れて自然と出た涙ではない。
泣こうと思って泣いた。
無理矢理泣いた。
年雄に知らない番号から電話がかかってきた。
電話に出た年雄は驚いた。
幼なじみからの20年ぶりの電話だった。
20年前、年雄はそいつに10万円貸した。
それを最後に連絡が取れなくなった。
年雄はその幼なじみを親友だと思っていた。
だから、借金してまで10万円貸した。
でもそいつは逃げた。
そいつからの20年ぶりの電話。
年雄は「元気か?」と聞いた。
「うん」と答えたそいつは、鳴き声で「本当にごめんな」と続けた。
年雄は「昔の事だ。気にすんな。今度飲もう」と言って電話を切った。
全く泣きたい感情ではなかったが、大人になると泣く機会があまりない。
これはチャンスかと思い、泣いてみた。
昔を思い出し、思い出に浸り、無理矢理感情を昂らせた。
年雄は泣いた。いや、泣けた。
まだそんな感情が残っていた事にホッとした。
浜本年雄40歳。
ホッとしたら、貸した10万円が欲しくなったので、今度会ったら、絶対に返してもらおうと心に決めた。