【超短小説】年雄、ぐっと堪える
自転車の前輪の空気が減っている。
年雄がそれに気付いたのは、自転車に乗ってすぐだった。
昨日自転車屋さんに持って行って、空気を入れてもらったばかりだった。
その時年雄は「パンクじゃないですか?」と自転車屋さんに聞いた。
自転車屋さんは「パンクじゃないです」と言っていた。
ろくに見もしないで"パンクじゃない"とよく分かるな、と年雄は思っていた。
でもやっぱりパンクしている。
昨日の自転車屋さんに行って、文句でも言ってやろうかと思ったが、そこは大人なので、ぐっと堪える。
仕方がないので、近くの自転車屋さんに持って行く事にした。
パンクしているので、自転車は押していく。
すると、後ろから自転車に乗ったおばさんが「ここ狭いんだから、もっと端に寄ってよ!」と言ってきた。
そのおばさん・・・いや、ババアは年雄を睨みながら、通り過ぎて行った。
今すぐ自転車を捨てて、ババアを追っかけて後ろから髪を掴んで自転車から引きずり下ろしてやろうかと思ったが、そこは大人なので、ぐっと堪える。
自転車屋さんに着くと、30分ほど待つ事になったので、近くの喫茶店に入った。
ブラックのコーヒーを頼んだが、きたのはカフェラテだった。
「注文と違う!」と言ってテーブルをひっくり返し
、店員の蝶ネクタイを引きちぎり野に放ってやろうかと思ったが、そこは大人なので、ぐっと堪える。
隣の席で子供がギャーギャー泣いているが、それは仕方がない。
それより、その泣いている子供を「うるせえな」と言わんばかりに睨むサラリーマン風の男性。
「お前も泣いて育っただろうが!」と男性が持っているタブレットの画面を膝でガツガツ刺激してやろうかと思ったが、そこは大人なので、ぐっと堪える。
浜本年雄40歳。
大人になると、結局何もなかった1日が増える。