[詩]2023年10月~2024年3月 5 ハードボイルド読書パンダ 2024年3月13日 20:07 悲しみどれだけ堅く戸締りをしても忍び入る暗闇に水差しの女の青く透けた憂いが爛れていく硝子に蝕まれた喉元から飛び去る火酒の翼月桂樹の嫋やかな手が燭の揺らぎを苛立たしげに摘み取った禅杖が夜更けの琥珀を打つ受難に煌めく刻限金泥のスタッカートは天蓋に果て 深夜のハイウェイ氷ばかりを食べて生きているなぜ草を食まぬのかと問われたところでオレには到底食えたものではない凍えているというのに氷しか食えるものがないのだ目的地のこともよく知らぬまま冷たく冴え渡った思考に突き動かされて深夜のハイウェイを独りで歩いていくしかない 重すぎる夜火薬を擦れば引火しそうな女の残り香にむせ返る地平線の彼方から星が墜落する音が聞こえてくるたびに血は冷たくなっていく星を拾うまで歩き続けなければならないとオレは背中の死体に語ったオレたちには――持ち歩くには重すぎる夜だった 月面を散歩すれば街灯に浮かれる虫たちはお調子者ジャズを踊って、ジャズを踊って!はしゃぎ過ぎたもんだから疲れちまった夜風に当たろうと人差し指と中指で足を模し月の表面を散歩した 黄昏夕暮れがオレの傍らを通り過ぎるこれから殺人でも犯すかのような面持ちで背中を撃たれた幼い幽霊青ざめた僧が打ち鳴らす憂鬱の鐘暗渠に埋葬される冷たい足音睫毛の影の下に踏みとどまって思考する獣たち 少年時代水平線から這い出してきた黄金のカタツムリの触角が地下室への入り口を探している誰も探しに来てくれないかくれんぼしている子供たちのために僕の頭はふくれっ面の金魚鉢だった水を綺麗にしてあげようと石鹸を突っ込んでみたらお魚さんたちはみんなどこかへ亡命しちまった どこかへ消えた子供たちバラバラに切断されていく夜の背中を追って月明かりを食べる銀紙細工の蝶々を追いかけて砂漠で眠る駱駝の夢より遠いところへと子供たちは消えていった 神様なんて信じちゃいないが神様なんて信じちゃいないが君とオレがどれほど卑しいヤツでも二度と互いの声を聞けなくなるならば永遠だけがオレたちの夜に煌めくのならば神様なんて信じちゃいないが 深い深い青の中で誰にも掘り返すことのできない肉の沼で難破した箱舟大量に打ち捨てられたメッセージボトル古典的な神の筆先からは憂鬱と眠りのインクばかりが垂れる死んだ造形物たちへの接吻はせめて優しくと言わんばかりに錨を持たぬが故に今にも漂流してしまいそうな光がオレたちの瞳を探している深い深い青の中で砕けるままに 未来派先刻、愛の灯火が苦しげに息を引き取った賛同者たちが大声で讃えようと叫んだ拍子に巻き起った吐息に吹き消されるというなんとも間抜けた不手際が原因できっと太古の昔より燃え続ける法典が狂犬のように吠えたててオレたちの心臓を告発するだろうそしたら軌道から飛び出してしまった衛星のような動きで銀河鉄道を爆破しに行こう 僕らは星屑の中で自転車にまたがって透明な林檎に見惚れている内に観覧車が一周すると辺りはすっかり暗くなっていた僕らは星屑の中で自転車にまたがって 最後の言葉鼻血が垂れた原稿用紙緋色の馬蹄万年筆の先端が秋の死を透過する吹き散らせ、バラードよ!不可視の荒れ地を覆い隠す花びらを冬の光が静かに運ばれてくる水際で男は最後の言葉を待っている 愛の始まり暗礁に乗り上げた瞳女の瞼が優しさの重みに耐えられなくなるたびに涙が零れ落ちる透明な難破船のようにそれからまた私の部屋の閉じていたはずの扉から火をつけられたエリカの花束が投げ込まれたああ、私の心臓、肉の杯はすでに花の香りでいっぱいに充たされていた 永遠が発火する夜初恋に敗れた薔薇の眠りに侵入するようにして静けさが煙草の先で燃え尽きる心臓を爆破するための導火線無機物に回帰していく者たちの郷愁 Ybに痩せた手に浮き上がる黄泉の暗い河指先から心臓をめがけて嵐が滑り込む水と風の破滅的な囁きが君の中の廃屋に染み渡る嵐の妄執的な異端審問に打ちのめされ失語症に陥った森で暮らす君はすべての星の亡骸がやがて穏やかに落ちてくる嵐の後のあの薄明を森の奥に咲く花の上に静かに、静かに注いでいる 克己主義の星幾つもの睫毛が透明な異邦人を突き殺す誰何すらせず無関心に凍りついた冬の針葉樹ああ、暗い自我の曠野に打ち捨てられたオレたちには松明が必要だ戦禍に独り耐えてきた古木に火を放つ克己主義の星よ! さよならも告げずに優しい日々は過ぎ去ったさよならも告げずにだが歩き続けなければならない父と母の背中に追いすがろうと金糸で編まれた靴のつま先が擦り切れていく 凍えるしかなくとも藍色の影にずぶ濡れとなった部屋で歯をガチガチと鳴らしながら身を寄せ合うしかなかった馬は既に絶望に凍りつき僕の体はいよいよ冷たくなるああ、薪を買うためのお金はすべて貴女へ送る恋文のために使ってしまいました 遠いところで死んだ男遠いところで死んだ男がいた誰も知らない遠いところでその男は死に際に誰のことも思い出さなかった誰も彼のことを思い出さなかった涙で渇きを癒すモンシロチョウたちも彼のもとには寄りつかなかった男の胸中で黒い嵐が吹き荒んだのだろうかそうして海の底に沈むガレー船のように暗く押し黙ったまま誰かの死を盗み出したのだろうか 何もかもが疲れて見える時疲れた者たちの前でのみ輝くテーマパークそれは誰かが暮らすことを想定していない遥か昔に死んだ観光地だった埃や塵ばかりが貼りついて糊の部分がすっかり乾ききったセロハンテーブのようなニンゲンたちの絆煙草から追い剥ぎたちが一斉に溢れ出すオレの夜にはもう何も残されていない 瀕死の薔薇「愛、愛!」気の狂った男はそう叫ぶと銀色に輝く追想で暗黒の井戸を埋め立てる指先から滑り落ちた瀕死の薔薇に止めを刺すために記憶の炎を窒息させるために ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #詩 5