ひとりで2台のピアノを駆使して奏でられた「第九」。ベートーヴェン「第九」初演200周年(2024年)
2台のピアノで演奏するために作曲された作品を演奏するには、ピアノが2台と、ふたりのピアニストが必要だ。
そんなことは当たり前のこと。
でも、以前訪れたコンサートホールのステージ上には、ピアノが2台用意されていたのだが、ピアニストはたったひとりで登場したのである。
それは、2022年3月5日にサントリーホールで開催された「金子三勇士ピアノ・リサイタル」に足を運んだ時のことである。
「2台のピアノを駆使して奏でるベートーヴェン第九」の「世界初演」
と銘打たれたコンサートである。
「世界初演?」
2台のピアノを使用して演奏するベートーヴェンの第九は、フランツ・リストが編曲したものがあって、すでにそれは遠い過去に演奏されていたはずである。
「まさか、2台のピアノをひとりのピアニストが弾いてしまうのか!」
でも、それはそんなに驚くことではない、だろう。
なぜなら、ポピュラー音楽のコンサートなどでは、2台どころか、数台の鍵盤楽器をひとりで弾きこなす人物がいるではないか。
わたしはキーボードに四方を囲まれた状態で演奏していたTMネットワーク時代の小室哲哉のことを思い出す。
いや、それはさすがにクラシック音楽のコンサートの話でなくなってしまう。
もちろん、そんなことは全く考えもしなかったわけだが、今回の「世界初演」の意味は、
「リストが編曲したベートーヴェンの第九を、金子三勇士自身がさらにアレンジを加えて「自動演奏ピアノとの連弾版」で演奏するということである(但し、第4楽章のみ)」。
「自動演奏ピアノとの連弾」
確かに、これは、これまでに聞いたことはない。
しかし「自動演奏ピアノ」自体はそんなに驚くものではない。
「自動演奏ピアノ」というものはかなり前から存在していて、古いものであればピアノロールという弾く鍵盤に合わせてパンチ穴があけられたロール紙を読みこんで演奏されるもの、いわばオルゴールに近いようなものが存在していた。
近年では電子ピアノに自動演奏装置が付いたものや、一部アコースティックピアノにも自動演奏装置が付いたものもあるが、それらはコンサートホールで演奏される目的のものではなく、基本的には家庭等で個人的に楽しむ目的のものであろう。
しかし、あの、コンサートピアノの大御所「スタインウェイ&サンズ」が「SPIRIO r」をいうシリーズを登場させた。
これが自身が弾いた演奏を記録し、それを自動演奏できるものであり、それだけでなく、なんと多くの有名ピアニストの演奏まで再現させて自動演奏できるものなんだとか。
今は亡きあの名ピアニストの演奏を、CDからスピーカーを通して聴く音ではなく、まるで本人がそこで生ピアノを弾いているような感覚で聴けるのだ。
これはぜひ、わが家にも1台欲しい。そのお金とスペースの余裕があれば、の話だが。。。。
回り道をしてしまったが、
「2台のピアノを駆使して奏でるベートーヴェン第九」の「世界初演」コンサートは、この「スタインウェイ&サンズ」の自動演奏ができる「SPIRIO r」に、予め金子三勇士自身が1台分の音を録音。そして、コンサート当日は、このピアノをステージ上に置き、それに合わせてもう一台のピアノで生演奏を行った、ということである。
ステージ中央に置かれた無人の自動演奏ピアノの存在は、特に違和感がなく、当然ながら、決してその鍵盤にピアニストは触れることは無かったが、2台で奏でられるベートーヴェンの第九は分厚い音の洪水が襲ってくるような感覚で、まるでその「自動演奏ピアノ」まで操っているかの様に思えたこと、そして、これがこれからの時代の新しいクラシック音楽のコンサートの幕開けになるかもしれないと感じたことを覚えている。
既存の交響曲の枠を大きく逸脱させたベートーヴェンの第九が、まさにこのコンサートにふさわしい作品だった、と言えるかもしれない。
金子三勇士は、それ以前にもベートーヴェンの第九を1台のピアノで弾いていたようだが、それはリストの編曲版に自らの即興演奏を加えた一期一会のバージョンで演奏してきたという。
デビュー10周年という節目における挑戦。これはその集大成ともいえるコンサートであったはずである。
その模様の一部が以下でご覧いただける。
今や人工知能やロボットは世の中に幅広く行き渡り、生活の中に入り込んできている。
クラシック音楽コンサートにおいても実験的にそれらを用いた取り組みが行われて始めている。
それらは少し前には考えもしなかったことである。
現在の「自動演奏ピアノ」は、まだ以前記録したものを忠実に再現するというレベルなのかもしれない。
「人間」が演奏する、ということは、会場の雰囲気や演奏者のその日の体調や気分により、また、より良い音楽を演奏するための微妙な修正も加わって、明確にはわからないものの、二度と聞くことができない演奏になる。
人間技とは思えないような超絶技巧を駆使されるスリリングさも期待している。
それがコンサートの醍醐味でもある。
だから100%自動演奏のコンサート、というものはあり得ないのだろう。
事前に記録されたとはいえ、人工知能によって、例えば演奏者の脳波を感じ取りながら「自動演奏ピアノ」が演奏者の意志を感じながら寄り添って合わせていく、という技術は近い将来登場するかもしれない。
そうなれば「自動演奏ピアノ」を駆使して、人間と人工知能が融合した、これまでにない新しいコンサートが行われることになるだろう。
それがどのようなものになるのかは、まだ想像しがたいのだが。
そして今回、この新たなチャレンジを行った、ハンガリーにゆかりが深く、リスト作品に取り組み続けている金子三勇士による、リスト編曲のベートーヴェン交響曲全集が近い将来聴ける日がくることを待ちたいと思う。