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生演奏で聴いてみたかった作品。ベリオ「シンフォニア」をコンサートホールで聴いた(コンサート鑑賞記)

滅多に演奏されることがないベリオの「シンフォニア」が、日本のメジャーオーケストラの定期演奏会のプログラムに載ったのは大きなチャレンジだったことだろう。そして、その後に置かれたのは有名なモーツァルトの「レクイエム」。

現代音楽とモーツァルトを一度に聴くプログラムは、わたしにとって感慨深いものとなった。

今回聴いたコンサートは

読売日本交響楽団 第643回定期演奏会
ベリオ:シンフォニア
モーツァルト:レクイエム ニ短調 K. 626(鈴木優人補筆校訂版)
モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス ニ長調 K.618(アンコール)
  指揮=鈴木優人
  ソプラノ=ジョアン・ラン、メゾ・ソプラノ=オリヴィア・フェアミューレン、テノール=ニック・プリッチャード、バス=ドミニク・ヴェルナー
  合唱=ベルリンRIAS室内合唱団

2024/12/3 サントリーホール

ベリオの「シンフォニア」を始めて聴いたときには当然ながら理解不能であった。それからかなり時間が経過して、現代音楽もいろいろ聞く機会が増えてからは「一度、生演奏で聴いてみたい」と強く思ったほど面白い曲になっていたのだが、なかなかこの作品が演奏される機会はない。

そんなレアな作品が読売日本交響楽団の定期演奏会のプログラムに載ったのである。その読売日本交響楽団、ヴィトマンとかアイスラーとかベリオ同様、現代音楽を意欲的に定期演奏会に取り上げてくれていて、これはわたし個人的にはとても嬉しいことだ。

今回のプログラムは現代音楽と良く知られたモーツァルトの「レクイエム」という組み合わせ。ベリオを聴きたいがゆえに訪れる演奏会で、死者を悼む「レクイエム」はどのような繋がりをもたらすのか?

このなぞは演奏会を聴いている最中に双方には「死」というものが根底に存在しているのだということを強く感じたのである。

ベリオの「シンフォニア」の聴きどころは第3部である。

マーラーの交響曲第2番の第3楽章は、マーラーの歌曲『子供の不思議な角笛』にある「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」の旋律を流用したものだが、それが切り刻まれ、さらにベリオなりのデフォルメが加えられて随所に顔を出す。

「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」はその話を表すような滑稽なワルツだが、それとあわせて、優雅なワルツがだんだん破壊されていくようなラヴェルの「ラ・ヴァルス」も所々に顔を出す。

踊りができないようなワルツがさらに切り刻まれているのはベリオなりの強いユーモアなのであろう。

マーラーやラヴェル以外にもドビュッシー、バッハ、そしてストラヴィンスキーやブーレーズなど幅広い年代の作曲家の作品が切り刻まれていていること、それに加えて8人のヴォーカリストがマイクを使用した語り言葉や叫びが加わる。好き勝手に呟いたり叫んだり、何を言っているのかを聴き耳立てるがさっぱりわからない(実はちゃんとした台本があるが、作曲者自身は「わからなくていいのだ」ということである)。

これをなんと表現したらよいか。

AMラジオのチューニングを合わせている時に、遠い複数の放送局からの電波が雑音に紛れて所々音楽やアナウンスが聞こえる、という感じだろうか。

「あ、これはあの曲じゃないか?」

とクイズのように答えを出していくのも楽しいのだが、切り刻まれているが故に、その良く知っている原曲を聴いているつもりが突如騒音のような音響と共に失われるという経験は大きな衝撃を感じることになる。

この安心と不安の繰り返しはかなりの緊張感を継続し続けなければならないが、始めての生演奏体験では特にその感覚が増していることに気づいた。

しかし、慣れてくると、バラバラだが何故か一貫性を持った曲にも思えてくるのが不思議である。

いちばんの聴きどころのハチャメチャなパロディを有する「シンフォニア」。そして、その後に演奏される死を悼む曲「レクイエム」。

「シンフォニア」の第3部以外にも触れなければならないが、それらは現代音楽的な不安定さのなかに大聖堂に響き渡るような、なんとも神秘的な音響が多く感じられるのはなんとなく死を感じさせるものである。そして第2部はキング牧師が暗殺されたことを悼む作品になっている。

そしてハチャメチャな第3部も、主軸となるマーラーの交響曲第2番には「復活」という題が付いている。

「シンフォニア」には出て来ないが第4楽章は、天国の神の元を訪れたいという憧れ、そして、生まれたものは、必ず滅び、滅びた後は必ずよみがえる。復活するために死のうと、声楽で歌われる交響曲である。

あくまでもわたしなりの見解であるが、パロディと真摯という相対する表現であるものの、その根底にある「死」というテーマでつながった素晴らしいプログラムだったと思うのである。

初めての生演奏で聴く「シンフォニア」を充分堪能することができたし、「レクイエム」は鈴木優人が補筆した版で普段聞かれるものとは違う印象を感じることができた。そして定期演奏会では滅多に演奏されないアンコールがあり、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」がホールを満たしていったのは素敵なプレゼントであった。

滅多に演奏されない現代音楽。生演奏で見て聴くと大きな発見がある。今後も滅多に演奏されない作品をコンサートホールで聴いてみたいと思う。


ベリオ「シンフォニア」を聴いたことがない方はこちらをどうぞ。


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