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政治的な利用もされてしまった「第九」の歴史。ベートーヴェン「第九」初演200周年(2024年)。

「ヒトラーの第九」と題されたCDがある。

1942年4月19日、翌日のヒトラー誕生日を祝う演奏会の記録である。

音声はとても悪い。しかし、そこから聞こえる音楽は、何か異様な緊迫感が感じられる。

ドイツの巨匠フルトヴェングラーが指揮する第九の特徴、中でも特に第4楽章の一番最後のテンポが異常な加速をして音楽が崩壊寸前になることだが、この演奏会は、なんというか、自暴自棄とも感じるような結末で終了する。

「こんな演奏会、早く終わってしまえ」
とでも言うように。

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フルトヴェングラーは当時のドイツ総統であったアドルフ・ヒトラーを避けていた。

毎年やってくる総統の誕生日前後は国外での演奏会を入れたりして、彼のために指揮をするという機会を無くしていたという。

1942年もウィーンで演奏会を行う予定を入れていたが、ゲッペルスはオーストリアに対してその演奏会を延期するよう圧力をかけた。

その結果、ベルリンでの演奏会が実現してしまったのである。

演奏会の模様はラジオ中継され、この録音が残ったのである。

しかしこの日、総統はコンサート会場にはいなかった。

大本営で籠っていたというが、自分の誕生日前夜を祝うためのコンサートである。きっと、ラジオを通じて聴いていたに違いない。

前述のようにフルトヴェングラーは総統を避けていたのだが、この演奏会以前に、本番直前に総統が来場したことで、彼の前で指揮をする羽目になったことがある。

フルトヴェングラーは激怒したというが、時すでに遅し、回避するわけにはいかなかった。

その演奏会のプログラムも「第九」であった。

このCDジャケットの写真もそのうちの1回の様子である。

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ナチスは、ヨーロッパで熱狂的に支持されていたフルトヴェングラーを利用した。

そして演奏される音楽は、これまた人を熱狂させる「第九」が最適だったのであろう。

総統はワーグナーに心酔していたが、そのワーグナーも「第九」の虜になっていた。

ワーグナーが創設したバイロイト音楽祭は自分自身の作品のみが上演されるためのものだが、唯一の例外は「第九」である。

「第九」で歌われるシラーの詩「歓喜の歌」は、フランス革命の直前に作られ、当時の専制君主制を批判し、自由を勝ち取るための人々の心に火を付けた。

ベートーヴェンもそのひとりであった。

総統はどう思って「第九」の歌詞を聞いていたのか?

自由とは、世界が自分の率いるドイツが主導し、思いのままになることである、ということを投影していたとしか思えない。

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総統は若き頃、画家を目指していたというが、音楽に関しての興味はどうだったのだろうか?

本当に音楽を愛していたとすれば、ベートーヴェンを、第九を、このように利用しなかったであろう。

ワーグナーに心酔したのは、ワーグナーがユダヤ人を敵視していたということに共感したという点に他ならないのではないか。

このような暗い歴史にも関わることとなった、2024年に初演200年を迎える「第九」。

ベートーヴェンが思いもしなかった、「第九」の歴史上の一コマの記録である。

ベートーヴェン/交響曲第9番 ニ短調 op.125
  ソプラノ:エルナー・ベルガー
  アルト:ゲルトルーデ・ピッツインガー
  テノール:ヘルゲ・ロスヴェンゲ
  バス:ルドルフ・ヴァッケ
  合唱:ブルーノ・キッテル合唱団
  演奏:ベルリン・フィルハーモニー合唱団
  指揮:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー


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